その4

          スティーブン・リー
            午後1時


わずかながら意識を抑えておけたと思いはしたものの……
すでにパペットマンはトニー・カルデロンの痛みを味わっていて……
その味わいは芳ばしく……それを啄み、ただその快楽を貪っていると、
トニーは表情を曇らせ、微かに飛び上がるような様子をみせながらも、
食事台の上に乗せたパソコンを触ってはいるがその顔は青白く・・・
「大丈夫かい?」と訊いていたが、内ではパペットマンが忍び笑いを
漏らしているのだ。
「少しうずくだけですよ、上院議員、心配いりません」
トニーはそう言っているものの、額の汗を見ても辛いのは明らかで、
この男からは手を引いてもいいだろう、他の人間を相手にすればいいじゃないか、


問題などあるまいさ、グレッギィ、もはや邪魔など入るまい、すべて俺たちのものさね……
「あなたの演説の内容を考えていたのですよ、上院議員……」
そこからさらにトニーの言葉は続いていった。
「相応しいキャッチフレーズというものを探していまして、あなたの古い
演説からそれを見つけ出しました、ルーズベルト公園での演説を憶えて
おいでですか?」と。
グレッグはトニーの言葉に耳を傾けながらも考えていた。
もちろん憶えている、確かクリサリスとダウンズの前でカーヒナを始末
させて、グレッグがエースであることに関して黙らせたその直後のこと
だったのだから……
あの時はうまくいったがそれに比べて今はどうだろうか?
どうにも皮肉に思えてならない。
いずれにせよだ……
もはや波風が立つことはあるまい、タキオンは気づくのが遅すぎたというものだ。
どうとでもなるというものだろうそう断言するパペットマンの言葉を受けながら・・・
「それでどの言葉を拾ったのかな?」
グレッグがそう水を向けると、
トニーは文字を打ち込んで液晶の画面にその言葉を表示させてみせて
くれた。
<ジョーカータウンは仮面を纏った人々で有名だとよく口にされていますね、、
そしてその仮面は感染した人々の醜さを覆い隠すものだと言われていますが
はたしてそうでしょうか?
本当に醜いものから彼らを守るためにこそ着けていると言っていいのではない
でしょうか?
すべての人々が持ちあわせている醜い心、すなわち悪意から彼らを守るべく
彼らは仮面をつけることを余儀なくされているのではあるまいかと思えました。
だからこそすべての人々がその悪意の仮面こそを脱ぎ去るべきではないかと
私は考えたのです>
トニーは指でコツコツと画面を叩くようにして示しながら、
「どうです、力強い言葉だと思いませんか?これこそ我々が実現すべき理想と
いうものでしょう」と言葉を継いでいて、
「私はいいと思うけれどね、いつこれを思いついたんだい?」と応じると、
「昨日の晩です、他にも案はあるのですよ」
そう言ってはにかんでいるトニーから黄色く立ち昇るような感情が感じられる。
誇らしくてたまらないのだろう。
トニーはそれからノートパソコンを脇によけて、ベッドに腰かけると、トントンと
太股を叩くようにしている、昂奮が醒めやらないに違いない。
「あなたにジェシー、そしてステージに立った全員が仮面を着けていて観衆に
示したとしたらどうでしょうか?それならばジョーカーもエースもナットも区別は
つかない状態になるでしょう……」
トニーはそこで目を閉じて考え込むようにしながら、
「どういうタイミングがいいかは考えていませんが、そこで全員が仮面を脱いで
みせるのです、それは寛容でないことの象徴、悪意に差別を現す仮面としてより
力強く印象づけられることでしょう、そこで人々は理解することになるのです、
すべての人々がそういった仮面を脱ぎ捨てねばならないということをです……」
グレッグはその光景を思い描いて笑みを浮かべながら、
「いいね、實にいい」と応じると、
「すべてのチャンネルが宙を舞う仮面を映し出したとき、あなたの話す言葉は、
投票する人々のこころにワイルドカード問題を強く意識させることでしょう……
おそらく共和党のブッシュとてそれだけのイメージ戦略はしかけられない
でしょうね……」
と返された言葉に、グレッグも腰かけたベッドのシートを叩くようにして
立ち上がっていて、
「これでいこう、この線で進めて構わない、ジョンにエーミィ、デヴォーンにも
伝えておくよ、完全なかたちになったら、その原稿をエレンの部屋に送ってくれ
ないかな、私はコンパックを立ち上げて待っているからね」と応えると、
「畏まりました、上院議員」トニーはそう言って微かな笑顔を浮かべてみせた。
「今宵の演説は忘れられないものになるだろうね、トニー、ともかくしっかり
頼むよ、あまり時間はないからね」
グレッグはそこで出て行ったトニーに笑顔を向けながら、タキオンのことはもう
考えなくていいだろう、と考えていた。
これで党大会のシナリオは固まったとみて間違いあるまい。
パペットマンはトニーの痛みをさらに味わおうと不満の声を上げてはいるが今は
それどころではない、これから味わう喜悦に比べたら何ほどのものでもないと
いうものだろうから……