ワイルドカード6巻 その30

              スティ−ブン・リー
             1988年7月19日
                 正午
  
それはいわばニューヨークのジョーカータウンを、アトランタに持ってきて
振り回し路上に地ぶまけたといった有様といえよう・・・
大都市にはどこでも、小型のジョーカータウンとでもいうべき貧民街がつき
ものであるが・・・アトランタのこれは尋常ではない・・・
雲ひとつない晴天の元、プラカードに仮面、そして奇妙に歪んだ体を持った
人々、凡そ15000人が灼熱の陽光に炙られながら、ピードモント公園から
行進を始め・・党大会会場を包囲していて・・・
州兵に警官が待機しつつ監視している中・・・

午前もすでに終わりを告げる頃、オムニにわずかな熾火が起こった・・・
軽犯罪法が速やかに適応されるほどのことでもなかったのだ・・・
カメラに包囲され白熱が騒ぐジョーカー達のマスクを炙る中・・・
宙を舞っていたフライングエースグライダーがその熾火に近づきすぎて、
その発泡スチロールの胴体は溶け、羽は崩れ落ちて・・・
縮んで小さくなったそのグライダーを縮んで容の歪んだジョーカーが掴み、
そして叫んだのだ・・・
「まるで空飛ぶジョーカーじゃないか・・」と・・
その言葉に従うかのようにジョーカー達は手に手にグライダーを掴み・・
それを火中に投じた・・・
巨大なライターに蛾が群がるかのように・・・

アトランタの警官はそこで封鎖を行わなかったことによって混乱は広がって・・
その後列にいたヘルメットを被った警官もそこに飲み込まれてしまい・・・
ジョーカー達を打ち据え・・・
彼らはそれに対して石を投げて返したのだ・・・
警官達に微力なエースが加わって・・・
混乱はジョーカーにマスコミ、聴衆をも巻き込んだ乱闘と化した・・・

そこでようやくタートルが沈静を図るべく介入した・・・
テレキネシスを用いて、もつれあった警官とジョーカーを引き離したことにより・・
6人程はそこから離されたが、大方は傷を負ったままであり・・
頭から血を流したままといった様相を呈し・・・
それによって群集の弱弱しさが際立ち、酸鼻極まりない有様と化したところで・・・
会場から数ブロック離れた場所で。、ジョーカー達が再び寄り集まって・・
消化栓を開け放ったのだ・・・
その熱気を和らげようとするかのように・・・
そこで正面から対処しようとせず、ひとまず栓を閉めようとした警官達に
野次が飛んで・・・

正午近くにKKKによる抗デモ隊がダウンタウンから沸いて出て・・・
ジョーカーと白人達の間に割り込み小競り合いを始めたのだ・・・
おそらく警官より過激であるクランの仕業であろうが、撃たれた、という
報道が流れた・・・
ジョーカーが銃火に晒されて地方医院に収容されたのだ・・・
噂は猛火の如く広がり・・・
二人のジョーカーが死亡したのに警察はKKKを逮捕しなかったと報じられるに
至って・・・
実際彼らはバリケードの中にまで押し入っていたのだから・・・
そして正午にレオ・バーネットによる移民の帰国政策が報じられると、
オムニの前にバーネットの彫像が掲げられるに及んで・・・
タートルがデモ隊の上空を掻き分けるように滑走し、ジョーカーと
警官の間に距離を置くよう図った・・・

「正直お勧めしませんよ」
リムジンから降り、バリケードに向かおうとしたグレッグにビリー・レイが
零した・・・
他には三つ揃いのスーツを着た男たちも数人護衛についている・・・
ジョーカー達は憤りを口にしながら叫びを上げている・・・

「褒められた行動じゃないのはわかっているがね・・」
深刻な表情で、視線で下がるよう素早くエースに合図して・・・
「どうすべきだなどと言われるのにはうんざりなんだ」
グレッグのその言葉にレイは口を硬く引き結んで応じ・・・
レイが何か応える前に、覆いかぶされるように陰が広がって・・・
スピーカーからの大音声が鳴り響いた・・・

上院議員!来てくださったのですね」
騒音と群がるカメラに対して、タートルに向け手を振って見せた・・・
タートルの周りにはフリスビーを思わせるタートル型のフライングエースグライダーが舞っている・・・
まるで電子の周りの中性子のように・・・
中には溶けかかったフライングエースグライダーも加わっているようだ・・・
「事態の沈静を図りたいのですが、あなたならそれが可能ではありませんか」
「フリスビートリック(煤払い)を頼む」
速度を増し、複雑なパターンを描いているフリスビーを眺め、
そう言い放つと・・・
「問題ありません」フリスビーが着地して、シェルもバリケードの少し上に
優雅に据えて、直接大音響を轟かせた・・・
バリケードを開けるんだ、上院議員のお通りだ・・・
さもなきゃこじあけるぜ

頭の位置に滑空しながら、枕でも放るようにバリケードを崩しジョーカーをどかすと・・・
グレッグはそこに進み、カーニフェックスと護衛の男達、それに警官も後に
従ってきた・・・
その後ろにカメラマンやリポーターといった人々は、彼らに押しのけられた
かたちになって・・・

そこでグレッグは瞬時に気づかされることになった・・・
タートルに押しのけられた人々の言い交わす声に・・

「ハートマン!ハートマン!」

差し伸べられた手に手を伸ばし、グレッグは微笑んで・・

「ハートマン!ハートマン!」

その高揚した気分のまま上着を脱ぎ、ネクタイを緩めると・・・
汗が背に伝わっていくのが感じられた・・・
今晩のニュースの見出しは決まった・・
候補者立つ!そう報じられるのだ・・・

そこで内から不満を訴える感情が立ち上ってきた・・・
群集のエネルギーに呼応するように・・・
それは明白に脈打ち、迸ろうとしているのだ・・・
パペットマンの脈動だ・・・
唸り首をもたげながら
出してくれ 
懇願の声を上げている。
味あわせてくれ
そこでギムリの声も響いてきた・・・

76年のことを忘れたのか
祈りのように擦れた声で・・・
俺は憶えているぜ、ハートマン、ようく憶えているとも
76年のことだけじゃないぜ、あんたが昨日の夜エレンに対してしたことも
憶えているぜ、そうだろう、あんたのパペットはどう応じたかなぁさぁあんたのお友達を放つんだ・・・俺にも今度はコントロールできないかもしれないからなぁ・・・どっちでもかまわないんだぜ、俺が手を下さなかったところで、パペットマンが荒れ狂った方が、いいニュースになるだろうからなぁ

ギムリに対して当り散らすパペットマンを感じながらも、グレッグは震えを
抑えながら微笑んでいる・・・
そうしているとジョーカー達からちろちろ立ち上るエネルギーを感じて・・・
パペットマンが精神の箍を揺さぶり始めて・・・
グレッグはなんとかそれを内に押しとどめながらも・・・
微笑み、頷き、触れながら・・・
パペットマンを外に出し、思うさま荒れ狂わせる誘惑に耐えている・・
そういう意味ではギムリの言うとおりだろう、
グレッグもそれを望んでいるのだから・・・
思うさま貪りたくてたまらないのだ・・・
タートルは国際通りの真ん中に立てられたバーネットの彫像の傍で
静止しながら・・・
「お乗りください、上院議員」と声をかけてきた・・・
そしてシェルは道路からわずか浮いているという高さまで降りてきた・・
グレッグが脚をかけ・・・
ビリー・レイと護衛はその周りを囲むかたちになって・・・
グレッグが登り始めると夥しい声が上がって・・
パペットマンを沈めておくのに苦労することになった・・・
誉めそやす声と立ち上る膨大な感情によろめきながら・・・
タートルがふわっと浮き上がるのを感じていた・・・
上院議員、もう登ったものと思ったものですから・・」
その声を受けながらようやく登りきると・・・
ジョーカー達のじっと見つめている瞳にさらされて・・・
タートルのテレキネシスのバリアーにもたれかかるように立つと・・・
オムニとWCCに讃える轟音が響き渡った・・・
首を振って中央に据え、真摯な微笑を浮かべながら・・・
長い選挙戦でもはやトレードマークともなった半ばはにかんだ視線を向け
ながらグレッグが口を開くと、打ちのめすような感覚が覆いかぶさってきた・・
パペットマンがそいつに乗じようとしたが、グレッグはそいつを抑え込みはしたものの・・
表に出てこないよう抑え込んだままではいれそうにない・・・
そこで見知ったジョーカーの顔が視線をよぎった・・・

ピーナッツにフリッカー、ファートフェイスにマリゴールド、
それにタイホイド・クロイドをしとめたといわれているグレーブモールドだ。
パペットマンも彼らに気づいたとみえて、表にでようと叩く力を強めてきた・・
叫び、涙を流しながら・・・
グレッグはその貪欲な人格を制御しようと苦闘してはいたが・・
そう長くはもたないことがわかっていた・・・
感情の唸りに対し、抑えはもはや崩れようとしている・・・
(夥しい原色に包まれ、翻弄されながら、パペットマンがそのもつれあった
煙のようなそれに触れようとしているのだ・・・)
そこで手を上げて静止を図って・・・
「皆さん」と叫んで・・・
ビルの壁に反響し跳ね返ってきた己の声を聞きつつ言葉を継いだ・・
「さぞ失望していることでしょう、40年にも及ぶ誤解と虐待に耐えてきたのですから、
それは理解していますが、こんなときに、こんなやりかたでよいのでしょうか?」
これは彼らが聞きたがっていた言葉ではない、失望と行き場のない感情が感じられる
「ジョーカーの権利確立のために、私どもは努力しています」
(・・・励ます叫び:くすんだ緑と鋭く尖った黄色で彩られている)
「力を貸していただきたいのです、もちろん抗議する権利を否定するものではありませんが、
そのために暴力を奮う、というのは逆効果でしかありません。
もしそうしたならば彼等はこういうでしょう『そらみろジョーカーは危険なんだ
信用できない、近づいてはいけない』と・・今こそ仮面を脱ぎ捨てるときなのです、
すべてのジョーカーは示さなければならない、その一人ひとりが友としての顔を持てるということを・・・」
(・・・その色が混乱と不審を孕んだ泥のような茶色に変わって、次第に薄く輝く色に変じていった・・・)
「私と共に、それを示そうではありませんか」
パペットマンが嘲っている・・・
ご用心ご用心、共に手を携えりゃひっくり返る、英雄になれるんだからな、
さぁ出しとくれ、それだけでいいのだよ

グレッグは意識を失いつつあった、パペットマンのダイレクトリンクなしにも関わらず、意識が感じられる・・・
、グレッグ・ハートマンは突然すべてを聞き取っていたのだ、
それは魔法のような感覚であり、パペットマンのものではない・・・
(・・・闇に漂う黒ずんだ菫の色が危うく薄れていき、パペットマンが叫びをあげている・・・)
そこから離れなければならないことはわかっているというのに・・・
感情が、嵐によって引き起こされた波が、海岸を削るかのように・・・
微弱な自制などというものを侵食して、パペットマンが跳び出てこようとしている・・・
終わりにしなければならないというのに・・・
その能力による飽食から離れなければならないというのに・・・
「提案というより願いといって差し支えないかもしれません、
怒りはすべてを台無しにしてしまうのですから・・・」
「降ろしてくれ」そこでグレッグはそう囁いていた・・・
タートルがグレッグを持ち上げて、コンクリートの元に降ろしてくれた。
「ここから離れなくては」言葉が漏れ出ていたのだ・・・
「手は尽くさなくては」と・・・
パペットマンが躍起になって精神に爪を立てている・・・
凶暴な獣のように・・・
タートルは群集を縫うようにゆっくりとそこから離れ、リムジンの近くまで下がって・・・
グレッグはその後を追うように進んでいた・・・
その顔には深い皺が刻まれている・・・
そのときグレッグには何も聞こえず見えてもいなかった・・・
パペットマンをおしとどめるべく集中する・・・
それだけで精一杯だったのだ・・・