ワイルドカード6巻 その29

     ウォルトン・ウィリアムス

       1988年7月19日
         12時 正午


スペクターはリポーター風の男の後を追って、
洗面所に向かった・・・
なぜか人々はざわついており・・・
追ってきたことにも気づかれていない・・・
もちろんこの男の名など知りはしないし・・・
知らないですむならそれにこしたことはないと
いうものだが・・・
ともあれ男は浴室の使われているところを避けて、
衝立で隔てられた一番端のブースに入った・・
スペクターはなるべく音を立てぬようその隣に
入って注意深くドアを閉めた・・・
心が痛まないわけじゃないが・・・
この男がホテルのセキュリティの厳しさを口に
しながら・・どの部屋に入るかを漏らしちまった
のがいけないのだ・・
他にどうできたというのだろう・・・
耳に入ってしまった以上いつも通り進めるより他にない・・
隣のブースから雑誌をめくる音がする・・・
それほどせっかちではない音だ・・・
周りに誰もいないのをじっくりと確認してから行動に
移すことにした・・・
男が出ようとしたのが鏡に映ったところで・・・
呼吸を整え・・・ブースから出て男の背後に
忍び寄り・・・
スーツ越しにタイルの冷たさを感じながら・・・
鋼鉄の壁を掴んでことに及ぶことにした・・・
男は雑誌を丸めて持ち下を向いていたが・・・
スペクターが視線を据えると・・・
僅かな瞬きの後に、なんら抵抗することもなく
死の淵に沈んでいって・・
雑誌を取り落とし、その横に頽れていった・・
口から泡を吹いて・・・
ズボンが足首のところで捲れ上がっている・・
スペクターは懐に手を入れて財布を取り出してから・・
入っていたブースに一度戻って・・・
じっと耳を澄まし様子を伺うことにした・・
見られた心配はなく・・
靴音とタイルをうつ絶え間ないシャワーの音のみが響いて
いたが、それもおさまったところで・・・
財布を開けてみると・・・
必要なものがそこにあった・・・
運転免許書に、写真のついていないプレスカードだ。
IDがなければ、警察にも容易に死体の身元が割れはすまい・・・
それに財布がなければ物取りという安直な結論で片付くかも
しれない・・・
そうなればしめたものだが・・・
立ち上がって、トイレに水を流し・・・
ドアを開けて鏡の前に行き・・・
顔を上げ、素早く冷静に辺りを見回してから・・・
鏡に向かってウィンクしてからぎこちなく微笑んでみせた・・・


すべてが終ったら、明日にでもジャージーに戻る便に乗れるかも
しれない・・・
そうなったところで民主党の頭数が一つ減るだけだろうからな・・・

そう一人ごちながら・・・