ワイルドカード6巻 その28

          スティーブン・リー
 
          1988年7月19日

            午前11時
 

別々のチャンネルを映した5台のテレビ画面が霞んで・・
リビングの一部屋を映し出した・・・
ハートマン陣営が、スタッフ本部にしているスイートだ・・
グレッグに近いテレビには、ダン・ラザーがウォルター・
クロンカイトと保守について話しており・・・
そこで映像は党大会におけるクロンカイトの発言に切り変わった・・
その言葉は神もかくやといった威厳に満ちている・・・
「・・・多くの推薦を得ているにも関わらず、ハートマンが有利と
ひと言で言い切れないのは、ジョーカー権利条項推進に対する様々な
動きが絡んでいるからで・・・
バーネットにデュカキス、ジャクソンといった候補のみならず、クオモと
いった大穴候補に対しても大きく水をあけたものではないでしょうな・・」
「どの候補も決め手に欠けますね・・・予備選の結果がそれを物語っています、
ハートマンは北部のリベラルの票を集めても南部では勝てず・・・
実際、沿岸部や都市部中心の支持に限られています・・・
ことにバーネットは南部の支持基盤に支えられていますから・・・
同じく正教を奉ずるブッシュ陣営の受けもいいようですね・・・
その保守色の強い宗教的言動から、民主党内からの得票をも得ていると聞きますし、
デュカキスはその様子見の態度から、あまり支持は集めていないとしても・・
ジャクソン候補にも票は流れているでしょう・・
彼は都市部郊外に多く居住している黒人層の票を勝ち得ていますからね・・
ゴアにサイモン、クオモといった大穴候補にも党大会の状況如何によっては浮動票の
流入も・・・」
そこでグレッグは一台の音量つまみを回して音を消すと・・
他の局の言葉が聞こえてきた・・・
「そうとも限りませんよ・・」ジョン・ワーサンの声だ・・・
「副大統領選びも重要ですね・・・地域格差もまた・・」
「くだらん・・」
トニー・カルデロンが現れてそう言い放った・・
「茶番だとするなら、そのシナリオを書いた奴の貌が見たいものだな」
グレッグは大仰に頷いてみせた・・・
パペットマンは静かで・・・
今のところギムリの存在も感じられない・・・
それにマッキーもまもなくこちらに着くことだろう・・・
それなのに妙にだるくて、何をする気もおきやしない・・・
スタッフミーティングは一時間にも及んでいる・・・
冷たいコーヒーの入ったビニールのカップは散乱し・・・
煙草の紫煙は室内のみならず、廊下にまで漂い出ていて・・・
床にはデニッシュの入っていた段ボールが積みあがっているときたものだ・・
そこで半ダースの人々が空気をかき乱し、喧々囂々と議論を闘わせていた・・
TVと競うかのように・・・
そこでエーミィが息せき切って駆け込んできた・・・
「バーネットが公式に立候補の意思を表明しました」
注目が集まったところでエーミィは言葉をついだ・・
「書面で抗議を受けているジョーカーの権利条項は直接争点にせず、
移民の帰国政策というかたちにすり替えて打ち出してきたようです・・・」
怒りの感情が高まってきたところで、今日始めてパペットマンが首をもたげてきた・・・
「とんでもない話だ・・何を考えているんだか」トニーがそう叫び・・
「馬脚を現したというところか、到底受け入れられまい」
ジョンがそう応えると、エーミィが肩を竦めて言葉を被せてきた。
「外に目を向けませんか、一歩出るだけでも混乱がわかります。
デヴォーンと代議士の一団が沈静を求めて回ってはいますが・・」
「バーネットもそこに関心はないのだろうね、もちろん党大会会場にということだがね・・」
そのグレッグの言葉にエーミィが訪ねてきた・・・
「それはどういうことですか?」
「ジョーカー達はオムニの外、ピードモント公園にいるのだからね・・・
彼らがこの報道を耳にしたら暴動になるかもしれない、
そうなると彼の反ジョーカ−施策に弾みがつけることになりかねない・・・」
パペットマンが意識の下から力を強めて、グレッグをおしのけようとしているが・・
そいつを押し込むことができた・・・
日和見を決め込んでいる代議員は彼から離れていくのじゃありませんか、彼の主張は
過激すぎるから・・・」
そう言いかけたジョンを片手を振って制止し言葉をついだ・・・
「彼がジョーカーの問題に固執しているならばね・・・」
「そううまくいくでしょうか」
「ここではそう願うしかあるまい」
笑いが巻き起こったところで、グレッグは立ち上がって・・
ちゃんとしまるのをたしかめるようにぐいと
曲がりかけたネクタイを直してみせてから・・・
白髪混じりになった髪を指ですいて言葉を継いだ・・・
「そう信じ始めるんだよ・・
バーネットが弾圧を強めるならば・・
対抗する我々の力になるはずだ・・
できることをやるまでさ・・・
立場の鮮明でない候補に働きかけるんだ・・・
バーネットのやり方では暴力しか招きはしないということを・・・
思いやりを欠いては何も産み出しはしないということをね・・・
それを証明していけばいい・・・
多くの人々が我々の力になってくれるだろうね・・・
それからエーミィ・・・
バーネットとの会談も実現するよう手配を頼むよ・・
彼にとっては妥協になるかもしれないけれど・・・
私としてもエレンに対する格別な根回しが必要になるかもしれないけれどね」
「わかりました、働きかけてみます」
その言葉はグレッグに不思議な安堵をもたらした・・・

パペットマンを想いの他深く沈めることができ始めているのかもしれない・・・
そんな風に想い始めていたのだ・・・