その7

           スティーブン・リー
             午後4時


演説原稿の準備はできていて、すでにデヴォーンとジャクソン陣営にも
送付済みで、
グレッグは代議員たちを個人的に呼んで、彼らの州の票の取りまとめを
頼み込んでいて、
デュカキスとゴアはその話に前向きなようで、労いの言葉と党をあげて
の支援を表明してくれている。
バーネットのみが冷ややかな態度でいるのも、グレッグの予想通りという
ものだ。
エレンは眠っていて、カルデロンによる受諾演説の草稿もすでにコンパック
に受信済みで読まれるときを待っている。
そこで部屋の外から脚を引きずる音が聞こえてきた。
おそらくコリンだろう。
コリンはアレックス・ジェームズの代わりとして雇い入れたジョーカーの私服
警備員だ。
グレッグはエレンにキスをして、その瞼が震えながら開くのを確認してから、
「ホテルに戻って、ローガンとか何人かと会わなきゃならないんだ……」
と囁くと、エレンもまどろみつつも頷いてくれた。
そこでグレッグはコンパックを鞄に入れて、ドアの外にコリンのいるのを確認
してから、
「マリオットに戻るよ」と声をかけると、
コリンは携帯無線に向って、
「車を通用口に回して、それからエレベーターに何人か頼む・・・」
と告げている。
そこで最初の廊下に出ると、デスクから聞き覚えのある声が漏れ聞こえてきた。
「お願いだから、これを上院議員の奥さんに渡してほしいんだ……」と。
ピーナッツの声だ。
パペットマンの舌なめずりを聞きながら、
「ちょっと待っててくれないか、コリン」とそう言いおいて、
コリンはその変更を各方面に連絡してくれたところで、
ロビィに向かうと、
ピーナッツが些かばらけているが大きな花束のブーケを捧げ持っていて、
デスクに詰めている守衛にそれを渡そうとしながらも拒絶され
いやいやをするように繰り返し首を振って不快感を顕にしているではないか。
「どうしたんだ、マーヴィン」と守衛に声をかけた。
マーヴィンは動きの鈍い、怠惰な感じのする守衛で、
グレッグは今朝病院を彷徨っていたときにもこの男に出くわしている。
医者だとか病院に勤めている多くの人々に握手して回ったときにからかい交じりに
何回も聞かされたほどで、パペットマンもこの男から就いている仕事に対する
嫌悪を強く感じとっているのだ、この男がジョーカーに対してまったく好意を抱いて
いない、というのは明らかだろう。
「この男が奥方の部屋に届けるよう花を渡そうとしまして……」
マーヴィンは吐き捨てるようにそう言ってから、腹の上にひっかけてあるベルトを
たくしあげるような仕草をして居心地の悪さを露骨に示している。
マーヴィンは政治家にも、特に民主党に対しては好意を抱いていないということなの
だろう。
マーヴィンはコリンに露骨に嫌な視線を向けつつ、
「ゴミばこにでもいれたらどうだろう、もちろんあんたがそう望むならだがね……」
などと言ってのけたではないか。
そう言われたピーナッツはグレッグに縋るような視線を向けてきた。
固く皺の入った皮膚の下の目は涙ぐんでいるに違いない。
そうして片手で花束を捧げ持っているが、パペットマンはこの呑み込みの悪いジョーカー
から純粋に敬う感情が立ち昇っているのを感じている。
驚いたことに、この男はエレンの身に起こったことに深い悲しみを感じているのだ。
「こんな面倒なことになるなんて思っていなかったんですよ、申し訳ありません、
上院議員……」
ピーナッツはそう言って泣きそうな顔をして、グレッグからマーヴィンに視線を移して、
一瞬コリンに胡乱な目を向けてから、
「気にいっていただけるのじゃないかと思ったんです・……ただそれだけだったのに
どうしてこんな……」そうして口ごもったピーナッツに、
「素敵な花だね」グレッグはそう声をかけ、
「ピーナッツだろ、そうじゃないか?」そう言葉を継ぐと、
ピーナッツから誇らしさといった感情が立ち昇って、
口の周りの殻に罅のような形に歪めてみせた。
どうやら笑おうとしたようだった。
そうして内気に頷いているピーナッツから、
グレッグはその花を受け取ろうと手を伸ばして、
「どうやらマーヴィンは職務に忠実でありすぎたようだね……」
グレッグはマーヴィンに視線を向けず、
「思いやりと労りから人を守る必要はないのにね……」
と言葉を継ぐと、
マーヴィンから冷たい怒りの感情が立ち昇るのをパペットマン
感じ取って、
その感情に舌なめずりし、思う存分味あわせつつ、
「エレンもきっと喜ぶだろうね、そうだろピーナッツ」
グレッグがそう言いながら手を差し出して、
「ちゃんとエレンに渡ったか確認するとしよう、実際目を覚ました
ときに目の届くところにそれがあったら素敵だろうからね。
看護婦に間違いなくそうするよう伝えておくよ」
そうしてピーナッツは花束を手渡すと、黄白色の喜びに、青白い
英雄崇拝の感情が絡みついて輝かせ、
「お礼申し上げます、上院議員」そう衝動的に口走りながらも、
慌てて顔を伏せ、
「外にいる誰もがみな・・・あなたには感謝しています、ですから
あなたは勝ちますよきっと……」
グレッグは受け取った花をコリンに託すと、ピーナッツを抱き締めて、
マーヴィンに微笑んでみせ、
「きっとマーヴィンなら君がここからいなくなってくれるなら喜んで
タクシーでも呼んでくれるんじゃないかな、そうだろ?マーヴィン」
猛烈な悪意で突き刺さるような視線を向けながらも、
「いいでしょう」マーヴィンはそう応え、
「何の問題もありません」と砂でも噛むかのように口にしつつ、
「きちんと対処いたしましょう」と口にしたところに、
「よろしい、もう一度礼を言うよ、ピーナッツ、エレンもきっと
気に入るだろうからね」とピーナッツに声をかけ、
腕時計に目をやって、
「いかん、もう行かなくては、それじゃピーナッツ、会えて良かったよ、
行こうか、コリン」そう言ってその場を後にしたが、
パペットマンはマーヴィン達につながったままで、
グレッグはリムジンの後ろで目を閉じてマリオットに向かいつつ、
マーヴィンの怒りと、そしてピーナッツの痛みを味わっている。
守衛の男が病院裏のゴミ置き場にのジョーカーを連れこんで殴りつけて
いるのだ。
なんと素敵な味わいだろうか。
グレッグはそうしてそう一人ごちていたのだ。