その10

        スティーブン・リー
          午前11時


カル・レッドケンはあばた面の典型的な駄菓子漬けの男で、
話している最中にもプラスチックの袋に手を突っ込んで
いるようでがそごそ音が聞こえている・・
言葉が聞き取りづらいのはおそらく頬にトウィンキィーズ
だかスニッカーズだかフリトスが詰め込まれているからに
違いあるまい・・・
こうした男の例に漏れない太った鈍重な男だろうと思っているが、
その予想はほぼ正しかったといえるのではなかろうか・・・
グレッグがカル・レッドケンをパペットにしたのはかなり
前の話で、いわば弾みのようなものだった・・・
レッドケンの旺盛な食欲に付け込んだわけだが・・・
一方で人というものが満腹していてもうんざりするまで
食べることが可能になるものだろうかという純粋な好奇心
もあったとはいえ・・・
パペットマンにとっては好んで味わいたいと思える対象では
ないようで、グレッグにしたところでこの男とのリンクを活用
することはほとんどなくなっていたのだ・・・
レッドケンはハイラムのような際立った特質を備えたエースと
いうわけでも面白みがある男であるとも言い難いが・・・
腰を据えた調査をさせると役に立つ・・・
面倒で手間のかかる追跡をさせればこの男の右にでるものは
なく・・・それこそ一晩中でもはりついていられる・・・
グレッグがタキオンに話した根拠の乏しい話ですらも・・・
この男ならば突き止めて事実に仕立て上げることができるに
違いない・・・
呼び出し音を二度鳴らしたところで、何かを飲み込む音の後に
「レッドケンです」と応答があって・・・
「カルかい、グレッグ・ハートマンだがね・・・」
上院議員ですね」そう応えた声の後ろで、新たな菓子袋の
開けられた音も聞こえている・・・
「お役にたてそうですか?」
「こんな朝早くにすまないね、カル」
「おやすいご用ですよ、上院議員、あなたのお持ちくださる
案件はいつも興味深いものですからね・・・」
そう付け加えた後に、また何かを噛み砕くようなボリボリと
いった音が聞こえてきた・・・
「今回は、タキオンを追跡してあいつの弱みを掴んで欲しいんだ・・・」
上院議員、今のところわかっているのは昨年ロンドンで所在の
確認されたロシアの工作員がうまい具合にみつかればいい、と
いうことですね、昨年の話にしてもJJSから漏れ聞いただけの
話で、それこそ何の確証もなければ手がかりすらない、と・・」
「そういうことになるかな?カル、私は何かあると考えているの
だがね・・・」
「証立てるにはまだ程遠い話じゃないか?」
「手がかりはあると思うんだよ・・・ヴィデオから聞いた話だけれど、
ギムリとカーヒナにはソビエトとのつてがあって、ニューヨークでも
会っていたというんだよ、ギムリはそいつをポリアコフと呼んでいた
らしいんだがね・・・」
「ポリアコフなら死んだよ、上院議員、別口をあたったところでそれは
変わらないのじゃないかね、少なくともKGBもGRUでもそういうことに
なっているのだから、その名を利用している奴がいるというだけのこと
じゃないかな?」
「その情報が間違いということもあるのじゃないかな?ヴィデオが精神で
記録した映像は、ポリアコフの特徴と一致するという話だったのだよ・・」
「だとしてもはげて太っている男なんてどこにでもいるのじゃないかな、
それにジョーカーにしたところでワイルドカードのテレパシーは証拠と
して認められちゃいない、精神で投影した映像じゃ駄目なんだ、写真じゃ
なくてはね・・・」
「それじゃ最初にヴィデオに合うといいい、話を聞いてから調べ始めると
いい・・・」
レッドケンの溜息と同時に、ビニール袋の立てる音が響いてきた、まるで
乾いた葉を砕くような音だ・・・
そうしていると突然押し殺したような折れた、といった感じの声が響いて
きた・・・
「いいだろう、上院議員、調べてみようじゃないか、でいつまでに調べれば
いい」と・・・
「先週だったら良かったんだがね、昨日に間に合わなかったんだから・・・」
またため息と共に言葉が返されてきた・・・
「わかったよ、ニューヨークで一度連絡するさ、他には何かあるか?」
「すぐにだよ、カル、こいつは急ぎの要件なんだ・・・」
「あまり期待されてもな・・・」
「終ったらレストランでご馳走するとしよう・・・」
「それでいい、上院議員、また後で話そう」
言葉の最後の方は聞き取りづらかった、レッドケンはまた何か口に
入れたに違いない・・・
そのまま電話は切られて、静寂に覆われることになった、死のごとく
まったき静寂に・・・