その9

 ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
      午前10時


ジャックが肩幅の広いスーツを選んだのは・・・
記録映像に映っていた身なりの良い恰好をした
保守色の強い伝道師に少しでもよく見られたいと
いう見栄からであったが・・・
実際に目の当たりにしたレオ・バーネットはと
いうと、自宅で寛いでいるところをうっかり
見られたジミィ・カーターとでもいうような
擦り切れたジーンズにチェック柄のTシャツ、
黒いケッズを履いたというカジュアルな姿で・・・
不揃いに整えられた金髪もそのままに手を
ポケットに突っ込んだままよたよたと部屋から
出てきて・・・
「朝食はいかがかな?まだビュッフェだったら
何か食べられるのじゃないかな・・・」
そう声をかけられながら、出てきた部屋の様子を
見てみると・・・
祈りを捧げていたにしては、ホテルのスイートと
しては普通なのかもしれないが、大きなTVに簡単な
キッチンにバーまであって、覆いのついた暖炉まで
あって辺りには新聞が散らばっているときたものだ・・
カーテンは引かれていて、室内が人工的な灯りで
照らされているのは警備上の都合によるものだろうか・・
テーブルにはバーネットのフィアンセと思しき女性の
写真が飾られている横にマッキントシュⅡも見受け
られる、ドアの傍には車輪のついた銀のスチーム
テーブルが置いてあって、そこにビュッフェが
置かれているのだろう・・・
「もう食べたので結構ですよ・・・」
ジャックがそう応えると・・・
「でしたらコーヒーはいかがです?」
そう声をかけてきた・・・
二日酔いが残っていて、エレベーターで何度も
もどしかけた身を鑑み・・・
「ブラッディ・マリィはないかな?それだったら
助かるのだがね・・・」と応えると・・・
バーネットもこともなげに・・・
「あるのじゃないかね?」と応えつつフルールに
視線を向けて・・・
「下の記者控室に行けばなんとかなるんじゃない
かな・・・」
「きっとあるでしょうね、レオ」
そう応えたフルールの気乗りしない声に、
バーネットは暖かい笑顔を被せるように
して・・・
「それじゃ頼むよ、フルール」と言い添えていた・・
そのときジャックは視線をバーネットからフルールに
向け再びバーネットに視線を戻しながら考えていた・・
Slut for the Lord主に奉仕する売女、か・・・
バーネットのフィアンセはこの女の存在を知って
いるのだろうか、と・・・
「どうぞお掛けください、ミスター・ブローン」
その言葉に応じてジャックが椅子の一つのひじ掛けに
手をかけてそこに腰を落ち着け、懐のキャメルに手を
伸ばすと、バーネットはその右側の椅子に腰かけて
自然な形で背を伸ばしている・・・
「それでどういったご用件ですか?ミスター・ブローン」
そうかけられた声に「それじゃだな」
そこで緊張が高まるのを感じながらも深く息を吸って・・・
40年の間に経験した教訓を思いだしながら・・・
「ええと師父・・」と切り出して言葉を継いでいた・・・
「私がここ数日の間に二度も殺されかけたことはご存知で
しょうか?まずバルコニーから落ちてもしハイラムが身体を
空気より軽くしてくれていなかったら命はなかったでしょうし、
二度目はディマイズと呼ばれているエースに出くわして実際
心臓が止まりもしたのです・・・」そこで声を潜めるように
しながら・・・「それでですね」と
それから間を置かずに言葉を継いでいた・・・
「これには誰かの意思が絡んでいるのじゃないかと考えたの
です・・・」
それにバーネットは微かに笑顔とわかる表情を見せて頷いて
見せながら・・・
「永遠ということがどういう意味をもつか考えたことはない
のではありませんか?」
「ああ、ないね」と応えると・・・
「あなたにとって生きるというのはどういう風に感じられるの
でしょうか?永遠とも思える若さと不滅の肉体を誇り、おそらく
お金にも困ったことはないのでしょうね・・・」
そこでバーネットは率直に憧れを示しながら言葉を継いでいた・・
「ターザンの映画が好きでしてね、おそらく見逃したものはない
と思いますよ、ロープを伝って泳ぎにいったり、あの特徴的な
雄叫びを真似したことを憶えていますから・・・」
「普段はあんな声はださないがな」
ジャックはそう応えてから言葉を継いでいた・・・
「あれは映画館でよく響くように誇張された声というべきだろうな」
それにバーネットは失望を滲ませた顔をしながらも・・・
「私はそれを見て、あなたが10も年上だなんてことは考えも
しませんでした・・・」とバーネットは言葉をかけてから・・・
「そういえばあのチンパンジーは今どこに?」と訊ねてきた言葉に・・
「サンディエゴの動物園にいますよ・・・」とジャックは応えた・・・
いつもそう答えるがそれは本当のことではない・・
チンパンジーのチェスターは飼育員の腕に噛みついて射殺されているが・・・
誰しもあのチンパンジーには幸福な余生を望んでいるものだ・・・
そういえば愛想がないくせに人から好かれるあの獣をあまり良く思って
いなかったな、などと思い出して表情を暗くしていると・・・
バーネットがその気持ちを察したかのような顔をして・・・
「申し訳ございません、話をそらしてしまったようですね・・・」
と言いかけた言葉に・・・
「なぁに構わんさ、俺自身よくわからないで話をしていたようだからな・・」
と応えると・・・
「誰しも永遠という言葉を口にしますが、実際はそれがどういうことか
わかっていないのではないでしょうか?」
バーネットは明らかに苦笑とわかる笑みを浮かべながら・・・
「不幸なことに、我々伝道師にしても、多かれ少なかれ
よくわからずにそうした概念を口にするのですね・・・」
と零された言葉に・・・
「そうだな、そういうものかもな」
ジャックはそう応えながらも、バーネットのその飾らない人柄に、
触れながら考えていた・・・
記録映像の獰猛な伝道師のことを、ジャック自身に迫りつつある
秘密のエースの影を・・・
それは果たしてこの男と同じ人間だろうか?と・・・
ジャックはそこで咳ばらいをしてその感情をごまかしていると・・
「<ドリアン・グレイの肖像>という映画をご覧になりましたか?
アルバート・ルイン監督による40年代の映画で、ジョージ・サン
ダース、ハード・ハフトフェルド、アンジェラ・ランズベリなんか
が出ていました、他にえ〜と・・・」
そこでジャックが再び咳ばらいをして、喉につっこまれた気管チューブを
思い出しながら、煙草を吸えば少しは気が晴れるだろうかと考えつつ・・
ドナ・リードも出ていたな」そうジャックが応えると・・・
「そうですドナ・リードも出ていましたね・・・」
そう返してさらに遠い目をして言葉を継いできた・・・
「ある若い男が肖像画を描くと・・・
肖像画が魂を得たかのように生き生きとしだして・・・
魔法だかなんだかわかりませんが・・・彼は若いままで
肖像画がどんどん年老いていって・・・彼が享楽を
尽くしていると・・・」
バーネットはそこで一旦頷いて言葉を継いでいた・・・
「最後に絵は破かれて、ドリアン・グレイは
その悪行の報いとばかりに年老いて死んだの
でしたね・・・」と・・・
それにジャックは苦笑しながらも応えていた・・
「特殊撮影というやつですね?時々私も考えるの
ですよ、40年に亘りこの姿で生き永らえてきた
わけですが、もしそれが何らかの魔法で、それが
失われたとき、私はどうなってしまうのだろうか、
とね・・・ドリアン・グレイのような運命を辿るの
ではなかろうか、それならいかれたエースの殺し屋
に殺された方がましではなかろうか、とね・・・」
どうやら叫んでいたようだった・・・
感情の高まりとともにまくしたてていたようだった・・
ジャックが再び咳ばらいをして椅子に深く腰を
沈めなおすと・・・
バーネットがジャックに身を寄せてきて・・・
その手をジャックの手に重ねつつ・・・
「驚くかもしれませんが、私の元に多くの人が訪れますが、
その多くのものがあなたと同じ悩みを口にするのですよ、
ミスター・ブローン、そうした不吉な予兆を感じるのは
とりたて特別なことではないのかもしれませんね・・・
あなたと同じような人々、成功し、何の不自由もなく
満ち足りているように思える男も女さえも永遠という
ものが信じられなくなったと言って訪れてくるのです、
あるものは突然の心臓麻痺に怯え、あるものは愛する
ものが事故にあうことや、またあるものは致命的な病で
親が苦しむことに怯えて・・・」
彼はそこで一旦微笑んで言葉を継いでいた・・・
「多くの者がそうした警告を受けるのは偶然でしょうか?」
「ジャックだ」煙草を放り投げながら思わずそう返した
ところで考え込んでいると・・・
「それじゃジャックとお呼びしましょう、そうした警告には
目的があると私は考えていますよ、ジャック・・・
そうした警告は全能たる存在を思い起こさせてくれるのでは
ないでしょうか・・・
あなたが際どいながらも様々な事柄から逃れ続けていると
いうのもまた神の目的に適うものがあるからではなかろう
かと・・・」
バーネットの青い瞳が不思議な魔力を放つように思いながらも
ジャックはその言葉を聞きながら・・・
「そうかな?」と相槌を打つと・・・
バーネットはそのチャイナブルーの瞳に宿る炎を燃え上がらせるように
言葉を継いできた・・・
「主いわく、<我の示す道を知る者は、救いを得るであろう、
世界の終わることがあろうとも、我は唯一無二であるがゆえに>と」
我の示す道、だと・・・
バーネットは自分の意志こそが神の意思だと言っているのではなかろうか・・
ジャックがそう考えていると・・・
「あなたはワイルドカードで不滅の存在になったと信じておいでかも
しれませんが、それは誤った考えではないかと私などは思うのですよ
主はその過ちをこそ警告しているのではないでしょうか・・・
すべては主のなせし技であると・・・」
そこでドアをノックする音が響いて・・・
バーネットはその音が啓示でもあるかのように微かな笑みを浮かべ、
ドアに視線を向けて「お入りなさい」と声をかけると・・・
フルールが冷たい表情のままブラッディ・マリィを捧げ持って入って
きて・・・
「ミスター・ブローンのお飲み物をお持ちしました」
そう言ったところにジャックは微笑んで応えていた・・・
「ジャックと呼び捨てで結構ですよ」と・・・
ジャックがブラッヂィ・マリィを受け取ったところをフルールは
にこりともせず見つめていたが・・・
「ありがとう、フルール」今度はバーネットが表情を崩さずそう
言い添えると・・・、
その言葉に退出を促されたかのようにフルールは出て行って・・・
ジャックはそこでブラッディ・マリィを一口飲んでみた・・・
悪くない味だ・・・
これが出せるなら控室にいる記者たちもご機嫌というもの
だろう・・・
「いかがです?」純粋に好奇の滲む口調でそう訊ねられて・・
「うまいよ」ジャックがそう応えて、今度はぐっと飲んで
みせると・・・
「いえいえそういうつもりはなかったのですが・・・」
バーネットは手をひらひらさせながら・・・
「お気になさららずにどうぞ」そう言い添えたバーネットを
ジャックは見つめながら・・・
まるで雨の中遊びにでようとしている子供を気遣う母親のようだ・・・
などと考えながら・・・
バーネットはこれまで自分で選択するといった人生を歩んで
こなかったのではなかろうか?
もちろん戦争にいきたくもなかっただろうし、海軍に入隊したと
いうのも本意ではなかったのではあるまいか?
いや、だとしても大統領になりたがらない人間など
いはしないというものだろう・・・
ジャックがつらつらそんな物思いに沈んでいると、
バーネットは指を組んで顎を乗せ、椅子に深くもたれ
つつ、しばらく考え込むような顔をしていたが・・・
「私の見た夢の話をしてよろしいでしょうか・・・」
と言葉をかけてきた・・・
深い闇を背負って、ようやくそこにジャックのいることを
思い出したとでもいうかのように・・・
穏やかで慈しみに満ちた声で・・・
「数年前、おそらく主が見せた夢ではないかと思うの
ですが・・・
私は大きな園のような場所にいて、木には神の御恵みと
ばかりに夥しい果実で溢れていました・・・
サクランボにオレンジ、林檎に柿の実にスモモなど神の
豊穣を示すかのようで・・・
頬が綻ぶのを感じていると・・・」
そこでバーネットはそこに何者かがいるかのように天井を
見つめているのをジャックも眺めつつブラッディ・マリィを
味わっていた・・・
さてどんな効果を狙ってのことやら、と思いながら・・・
「そこで雲が太陽を遮って・・・」
バーネットは再び話し始めた・・・
「雲から雨が落ち、園に降り注いで、それが降りかかると
共に、果実が黒ずんでいって、オレンジやレモンが色あせて
落ちていき・・・
葉もまた死に絶えていくのを目にして・・・
そうして雨が止んだ後も、健やかな木々が闇に覆われていくのを
見ていると、声が聞こえてきたのです・・・」
そこで伝道師の声が深く厳かに響くようになっていて、その
変化にジャックが背筋の寒くなるような感情を覚えていると・・
「<園全体を活かすには立ち枯れを根絶せなばならぬ>と・・」
そこでバーネットの声はまた変化していった・・・
熱と歓喜を帯びた声になって、部屋全体に力強く響いているでは
ないか・・・
「果実はおそらく神の子を表し、それに覆い被さる雨雲はサタンで
あって、それが齎す立ち枯れこそがワイルドカードであると悟って
いました・・・
そこで己の身をなげうって『主よ』と叫び・・・無力さとこの責務に
相応しくないことをうったえていると・・・
主は申されました・・・<汝にその力を授けよう>と・・・」
バーネットは叫びながら言葉を継いでいた・・・
「<汝の心臓を鋼となし、舌を剣のごとく鋭くし、息を竜巻と
なさん>と、そこで私は主の申されたなすべきことを悟ったの
ですよ」
そこでバーネットは椅子から立ち上がっていた・・・
まるで神の軛から解き放たれたようだ、とジャックが考えていると・・
ワイルドカードにさらされた人々を癒さねばならない・・・
主はそうするよう私を促しているのだ、と・・・
それがなされたときには、木々は再び豊穣を取り戻すのだ、と・・」
そこでジャックに向けて指を振り回すようにしつつ・・・
「私に対する批判として・・・」と言って・・・
「あまり心地の良くない話を耳にするのではないでしょうか・・・」
もちろんそうした揶揄や決めつけや悪意などというものをまともに
取り合う必要はないわけですが・・・良く耳にする言葉として・・
ジョーカーを収容キャンプに入れることを望んでいるというのがある
わけですが・・」
そこに笑い声を被せて言葉を継いでいた・・・
「私が望んでいるのは実際には彼らを病院に入れて、彼らの疾病に
対する治療を受けさせたいということで、その疾病を彼らの子々孫々に
まで持ちこさせないようにしたいということです・・・
政府がそうした研究に対してわずかな予算しか割り当てられていないと
いう状況は罪深いものであり、私としては10倍の予算を振り分けて、
そうした疾病をこの星から根絶したいと言っているにすぎないのですよ・・・」
そこでバーネットは天に向けていた視線をジャックに据えた・・・
どうやらその瞳は涙に濡れているようだ、とジャックが思っていると・・
「かつて結核という病の流行のあったことはご存知ですね?」
そこでバーネットは一旦言葉を切ってから言葉を継いでいた・・・
「何百何千という療養所がアリゾナニューメキシコに作られて、
治療が確立するまではその感染をおしとどめるべく入院させられ
ました、私はそうした対処がワイルドカード感染者にも必要だと
訴えているにすぎないのです・・・」と・・・
そして「ジャック」と名を呼んで・・・
縋るように言葉を継いできた・・・
「主があなたの命を永らえさせて、死から遠ざけさせたということは、
それには何らかの意味があるのではないでしょうか?
疾病に苛まれた人々には救いが齎されるべきであると同時に、
主もまた下僕たちの罪深い行いにうちすえられ心を痛めていることでしょう・・・
我々の心の平安というものはひとえに主に齎されるものであるがゆえに・・・
主の痛みを癒すべく努力すべきなのです・・・そう必要なのは<癒し>です、
そうではありませんか、ジャック・・・」
そう叫んだバーネットの顔には歓喜と熱狂が滲んでいて・・・
ジャックの前で拳を振り上げながら・・・
「手を貸していただけませんか?ジャック、神の苦しみを癒す手助けをして
いただきたいのですよ!共に祈りませんか、ジャック!
我汝に告げん、生まれ変わることなくば、真に神の王国を見ることは叶うまい、と・・
されど様々な恩恵を受け神の子となりし御身ならば、主の名を人々に信じさせるに足る
存在なり、と・・・」
そこでジャックは膝まづいていた、巨大な手に掴まれでもしたかのように・・
頭を垂れ、伝道師の両の手にその手を重ね合わせ・・・
顔を上げ叫び続けていたレオ・バーネットの頬を涙が伝わるのを見ていたのだった・・・
「人たる身がChrist救いの手たりうるならば、新たな生を得て、古き罪も消しうると・・・」
そうしてジャックは驚きながらも、みえすいた手だ、とも考えていた・・・
何らかの演出効果を用いていて、ジャック自身がそれに気づかなかっただけなのだ、と・・
やっぱりエースだ、と内心己に言い聞かせるように呟いていた・・・
この男はエースに違いないのだ、と・・・
これまで確証はなかったというものだが今こそはっきり断言することができる・・・
バーネットはエースであり、ジャックが阻止せねばならない相手である、と・・・・