その11

ウォルター・ジョン・ウィリアムズ

   1988年7月21日
     午後3時


    電話は鳴り続けている・・・
それはベロ・モンドでの会食中ずっと
なり続けていて・・・
いい加減うんざりしかたところだった・・・
隣り合った席のアメリカを代表する人々も
嫌な顔をしているに違いない・・・
そこでジム・ライトに目配せしてからケースを
開け、受話器を取り出して電話に出ると・・・
タキオンです、記者達の相手をしていたのですが、
そろそろここから連れ出していただきたいと思いましてね・・・」
「今でなくてはいけないのか?」
「事情は合流してからお話しします・・・
今は幾分急いでいるものので・・・」
「おい、タキスではそれでいいとしてもこちらとしてはだね・・・」
そうもごもご言っているうちに電話を切られてしまった・・・
電話をゴミ箱に投げ入れたい衝動に駆られながらも・・・
出されたデザートを尻目に、Maitre`d支配人の手に
大盤振る舞いとは感じながらC-note100ドル紙幣を
押し付けてその場を後にした・・・
マリオットからコンヴェンションセンターに着くまでの間に
キャメルを一箱開けることになったが・・・
そこで目にした光景は首筋の毛を逆立てるに充分のものだった・・・
タキオンとフルール・ヴァン・レンスラーがコンベンション・
センターのドアから出てこようとしているようだった・・・
共に抜け出してきたといった風に見える・・・
Psychos(正気とも思われない)・・・
そういえば三番目の妻がこんな面の皮をしていたか・・・
思い出して気分が悪くなったが・・・
そ知らぬ顔で薄笑いを浮かべて応じると・・・
フルールも言葉はないものの一応笑顔らしきものを返してきた・・・
見るとその手にはマリオットのキーを握っていて・・・
ホテルに向かう途中で、マスコミの連中にかぎつけられた
ようだった・・・
その姿はバーネットの理念からなにか別の神に乗り換えた
背教者であるかのように思える・・・
一方タキオンはというと捲り上げたような折り返しのついた
コートに乗馬用半ズボンを合わせたいでたちでABC
skybox(張り出しブース)の下で佇んでいる・・・
その異星の男は強張った顔をしていたが、目ざとくその菫色の
瞳でジャックの姿をみつけたようで声をかけてきた・・・
「随分かかりましたね」
「よぉ、でどんな厄介ごとだ」
「記者たち相手に話していただきたいのですよ、今すぐにです・・」
タキオンは羽毛のついた帽子をジャックの鼻先でひらひらさせながらそう言い放った・・・
「で何を話せばいいんだ?」
ABH<ハートマン外し>を否定していただきたい・・・
このままでは声の大きい方が既成事実になってしまいかねませんからね」
「確かにそうだな」苦笑しながらもキャメルの封を切ってそう応えていた・・・
「そういやコニー・チャンは来ているのかね?もし未婚でなければ、
旦那もついてきたりしているのかな?」
「急いでいるといっているのです・・・」
タキオンはまた帽子を振り上げて言いかけた言葉を
そこで飲み込んだようだった・・・
「急ぐというのはフルールに係わることがあるからなんだな、ちがうか?
そういやホテルの鍵を見せ付けてたな・・・」
「見せ付けてなどいませんよ・・・」
そう言いかけて異星の男は再び言葉を飲み込んだ
ようだった・・・
タキオンはそこで王家の矜持を振り絞るように
背筋をのばしたようだったが・・・
それでもジャックよりも8インチよりは低い
ところから菫色の瞳に怒りを滾らせて睨み付けて
いるにすぎなかったが・・・
「あなたには係わりのない話です・・・」
とようやく言葉を搾り出したようだった・・・
「確かに俺にゃ何の関係もない話だよ・・・
あの女がどうなろうとね・・・」
「あなたに何がわかるというのですか?
何もわかっていないのではありませんか?」
むきになって言い募るタキオンに対し、
そこで煙草の煙を大きく吐き出してから
応えていた・・・
「俺にわかるのは・・・欲望を剥き出しに
したままの男が一人いるということだけだがね」
タキオンの冷たい怒りを露にした瞳には背筋の
冷たくなるものが感じられる・・・
誇りを傷つけた相手に対しては殺すことも厭わないと
いったそんな目を向けている・・・
そういえばこの男はかつてジャックを殺すほど憎んで
いながら、その決意を延期したのに過ぎなかったのでは
なかったか・・・
タキオンはかつてのように怒りを飲み込んで歩き始めた・・・
どうやらコンベンション・センターからでることを決めた
ようだ・・・
ジャックはその後についていったが・・・
この異星の男の脚が長いせいか、随分速足に思えてならない・・・
「タク、あんただけですむとは限らない・・・」
そこで区切ってから言葉継いだ・・・
「つまりだな・・・
次は俺が言い寄られるかもしれない、といっているんだ・・」
「そんなはずはありませんよ」
踵がコンクリートを打つ音が高くなったように思える・・・
どうやら歯噛みをしているらしい・・・
「あの女はあんたを落としいれようとしているのじゃないか?
そういう動きはセイラ・モーゲンスターンの件で懲りたはずだろ?
きっとあんたの寝室にはマジックミラーがしかけられていて半ダース
ほどのカメラマンが待ち構えているに違いないというものさ・・・」
「私の・・・寝室にですって?」
そう応えたタキオンの声はほとんど金切り声に近いものとなっていた・・・
「そういう企みがあるかもしれない、と言ってるんだ」
そこでタキオンの腕を掴んで・・・
「あの女は・・・」といいかけたところで・・・
「放してくださりませんか?」
と叫んで振り払われてしまった・・・
「まともじゃない、母親とは違うんだ、あの女はブライズじゃないのだよ」
そこでタキオンは歩くのを止めて、ジャックに向き直って応えた・・・
「あなたには・・・」
そして言葉を搾り出した・・・
「その名を口にする権利はありません、二度と口にださなくていただきたい」
タキオンをみつめるジャックのいらだちはすでに怒りに変わっていて・・・
「あんたのためを思っていっているんだ」
そういい募り・・・箱を叩いて煙草を出してくわえてから・・・
両手でタキオンを抱えあげて、じたばた逃れようとする異星人に構わず
オムニホテルに向かうことにした・・・
血と骨にかけて!下ろしてください!」
「冷たいシャワーをあびて頭を冷やすんだな}
そしてつい言葉を重ねていた・・・
「第一パリであんたを救けたというのに責められた件も侘びを聞いて
いなかったからな・・・」
その後ならば・・・
誰が喜ぶことになるかわかるというものだろう」
そこでようやく立ち止まってタキオンを下ろすと・・・
一直線に張り出しの下までかけていって上がっていってしまった・・・
くわえた煙草を落として脚で消してから追いかけることにした・・・
瞬きをして視界をはっきりさせ大きく息を吸って意識を強く持つことに
した・・・
マスコミの連中がてぐすね引いて待ち構えていて・・・
失言を引き出そうとしているに違いないのだから・・・
笑顔で立ち向かい言うべきことをいうのだ・・・
そう己に言い聞かせながら・・・