その12

     メリンダ・M・スノッドグラス
       1988年7月21日
         午後4時


「何か飲みますか?」
「いりません・・・」
腕で胸を守るようにしてそう応えたのを見て
たまらずボトルを手に取っていた・・・
アルコールに依存しているのはわかっているが、
素早く別のボトルに持ち替えていた・・・
そうして膝を抱え、床を見つめていると・・・
離れている距離が、何光年もあるかのように
思えてならない・・・
とりわけぎこちなさを感じていたというわけでもないが・・・
衣擦れの音に顔を上げると・・・
フルールのスカートが下ろされ足にひっかかった
ようになっていて・・・
壁を見つめながら不機嫌を身にまとったような手振りで
ブラウスのボタンを外し・・・
ブラを外すと・・・
豊かな胸が顕になった・・・
母親よりも豊満に思えるが・・・
タキオンにはどちらがよいかなど決められるわけもなく・・・
きもち喉が渇いて感じられてならず・・・
フルールの腰がその動きと共にくぼみを作りながらベッドに
あがるさまをじっと見ていて・・・
「待ってください」そう言って抵抗を試みたが・・・
「するのでしょ?」
その誘うような言葉にすら何かが抜け落ちたように
感じられて・・・
ポケットにいれたままの手を出しかねて・・・
辺りを見渡し佇んでいつつも・・・
股間のそれが再びいきり立つのを感じていると・・・
「怖いのです・・」と言葉が滑り出して・・・
それを聞いたフルールは肘を膝に乗せ、誘うような
股間の暗がりに手をだらりと垂らし・・・
乾いた口調で言い放った・・・
「私の家系が怖いのですね」
「いささか手をかしていただきたい」
「手を?」
「脱がせていただけますか、共同作業でいきましょう」
それを聴いたフルールがベッドから飛び降りて・・・
喉にかかったレースのネクタイを取って・・・
シャツのボタンを外し・・・
肩にかけたところで・・・
タクは目を閉じて立ち尽くしていると・・・
フルールの髪が肌を撫で・・・
バニラと何かの入り混じったような芳香の
よぎるのに感じていた・・・
Shalimarシャリマーの香り・・・
ブライズが身にまとっていた香りだ・・・
過去に、そう48年の暑い夏の日に・・・
強く引き戻されるように思える・・・
ブライズを抱擁し、その首に唇を添わせていたときに
感じた香りなのだ・・・
ある種の祭壇に群がる信徒のように、フルールの唇は 
そっとタキオンの上を滑り降りていって・・・
腹部から股間のそれに辿り着いて・・・
心臓の鼓動そのもののように脈動するそれを手繰り出して・・・
タキオンがズボンを下ろして、慌てて靴下を脱ぎ捨てて、
それが役にたつことを確かめていると・・・
フルールは笑い声を上げた・・・
それはかすれて低い声に感じられるものだった・・・
その声に包まれるかのようにバランスを失って床に
倒れこむと・・・
口付けされ息を切らし呻き声と共に互いにベッドに辿り着いたところで・・・
それから一筋迸ってしまった・・・
そこでタキオンは再び失うことを怖れるように・・・
フルールの脚を開いたが・・・
まるで呪文のようにタキスの卑猥な言葉を口走っていた・・・
フルールの秘唇は閉じられたままだったのだから・・・
ルーレットの精神に触れたときに、毒に死、恐怖・・・
そして恐怖が流れ込んできたことが思い起こされて・・・
鉄のように熱いものが迸りそうになって・・・
また果てそうになっていると・・・
突然他の手に包まれるようにして・・・
それが甘くかすれた息に励まされるようにして・・・
熱い息と共にビーズのカーテンに優しくこすられる
ようにされながら・・・
脳裏をLa travista(道を踏み外したもの:椿姫)の
メロディが乱暴に流れるのを感じながら・・・
アパートに光の破片が突き刺さるかのように・・・
その女に溺れていったのだ・・・
ようやく失ったそれを取り戻したかのように・・・
そしてその名を何度も繰り返していた・・・
ブライズ ブライズ ブライズ
と・・・