その10

 メリンダ・M・スノッドグラス
   1988年7月21日
      午後3時


ガラスで仕切られたCNNのブースは・・・
部屋の中央で天につるし上げられたような場所に違いなく・・・
気の進まぬままタキオンはそこに上がっていきながら・・・
こころの裡にジャーナリスト達との論戦に備えて向かいはしたが・・・
どんな社会においても多様性を認める限り腐肉漁りがでるのは
必然ということか・・・
どうにも苦々しく感じられてならず・・・
内心皮肉がこみあげてくる・・・
ならば好きに漁るがいいさ・・・
より悲劇に満ちて恐ろしい話というものならなおよいということ
だろう・・・
そういう意味ではハートマンはうってつけの題材といえる・・・
はじめは光り輝いていたものの、いまでは悲しくくすんで党大会
の煌びやかな白熱の名残をわずかにとどめているにすぎないの
だから・・・
気取って考えなしの暗喩を口にする者はいても・・・その言葉は、
そうあって欲しいという願望を口にして陥れようとしているように
思えてならず・・・
そうこうしている内に記者達の控えるブースの扉が開いて・・・
フルールが姿を現すと・・・
そこが耐え難いまでに狭く思えてきて・・・
もはや顔を突き合わせることが避けられない状況になったところで・・・
ハイヒールで階段を踏み外して・・・
フルールが真っ逆さまに放り投げられたのを目にして・・・
タクの身体は自然に反応して駆けつけていて・・・
コンクリートの床に叩きつけられる前に、その身体を抱き止めていた・・・
一瞬うなじが見えて・・・
髪が乱れ落ちて顔を隠したところで・・・
フルールを降ろしてから言葉をかけていた・・・
「お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫ですけど・・・」
フルールはそう応えはしたものの髪をかきあげたまま
固まったようになっている・・・
「危ないところでしたね」
屈んで腕をフルールの身体にそえたままそう語りかけていた・・・
フルールはタキオンを見下ろしたまま・・・
ためらいがちな瞳をタキオンに向けたままでいたが・・・
「放していただけますか?」とようやく言葉を搾り出した・・・
「これは失礼いたしました・・・」
そういって手を離しかけたところで・・・
フルールがタキオンの肩に手を置いてひきとめるようにしていて・・・
身体が密着してシルクのスカートの下の脚が感じられ・・・
解け合わせられたように離れがたく感じていると・・・
股間がいきり立つようになっている・・・
「どうして・・・黙って落ちるのをみていることもできたというのに・・・
あなたにした仕打ちを考えればそうして当然というものでしょう・・」
「できませんでした・・・」
蝶を掴むような仕草で頬に触れてきて・・・唇を指でなぞりながら
「助けてくださったのですね・・・」
フルールはそうようやく言葉を搾り出していた・・・
「そんな大層なことではありませんよ」
そう応えるとフルールは再び身体を合わせてきて・・・
タクは股間で硬くなったものに気づかれるのではないかと怖れていると・・・
突然フルールはその手でタキオンの頭を抱え込んで唇を合わせてきたのだ・・・
そこで自制は完全に消えうせていた・・・
舌を絡め・・・腰を引き寄せていた・・・
喘ぐ息のまま向き合って・・・
タクはフルールの身体を必死でつなぎとめていたが・・・
呼び出す声でそのときは破られることになった・・・
そうしてフルールは離れていって・・・
外れかけたブラウスのボタンを必死で留めなおそうとしていたが・・・
タキオンがその震える指に指を絡ませると・・・
「ここで構いませんか」
「あなたの部屋でなら・・」
目を上げると、指はボタンの上で止まったままになっていて・・・
フルールはその手をとって、人差指を押し当てている・・・
助けて!
それはタキオンの内なる声であったろうか?
それともフルールのこころがたまたま漏れ聞こえたものか?
衝動を押し込めつつ囁いていた・・・
「一緒にいるところを見られたらまずいのではありませんか?」と・・・
そしてタキオンは部屋のキーを手渡して思いを告げていた・・・
「先にいっていてください・・すぐに行きますから」と・・・