その2

              午前7時

        ウォルター・ジョン・ウィリアムズ


Jesus Christ(おいおい)そんなに強く掴まないでくれるか?」
ジャックはタキオンの手を掴んで、撥ねた水でも払うように振り払いながら
そう悪態をつかずにいられなかった・・・
Jesus(まったく)」
タクはのしかかるような苛立ちを抱えながら・・・
必死にそれをおしとどめようとしているような様子で・・・
いかにも傷ついたといった顔で・・・
「わかっているとも・・殺されかけたというのだろ?」
そう声をかけてきたのだ・・・
ライターでキャメルに火を点けてくわえながらようやく言葉を継いでいた・・・
「だったら別口にあたるまでだ、あんたでどうにもならないならな・・」
「そうしてくれると助かる、昨日は寝てないのですよ・・・」
「俺だって寝ちゃいないがね・・・」
「ジャック、どうしたというんです・・・ニュースじゃたいしたことは
いってなかったじゃないですか・・・
あなたがピアノに突っ込んだころには私は突っ立ったまま歯を磨いていた
ものでしたがね・・・」
タキオンはそう言って思わし気に首を傾げながら言葉を継いだ・・・
「何かあったのですね…それはあなたの狙いからは外れたことだったのですね・・・」
「ピアノには狙って落ちたんだがね・・・」
そう軽口を返しながらも、これまで起こったことを思い返していた・・・
突然セイラが現れたところからそれは始まったのだった・・・
初めの内は他のマスコミ同様あしらえると考えたのだがその誤算のつけを支払うかたちで
あの背の盛り上がった男と闘うことになったのだ・・・
そこで漂うコニャックの匂いで我に返ることになった・・・
タキオンは喉からその匂いを立ち昇らせたまま・・・
いきなり洗面所に駆け込んだのだ・・・
「おいおい勘弁してくれよ・・・」
ジャックがそう不平を言いかけたところで・・・
タキオンが口元をタオルで拭いながらいきなり詰問の言葉を投げかけてきたのだ・・・
「それでセイラは今どこに?」と・・・
「わからない、まるで鉄砲玉だ・・だからといって急いで逃げたのも当然という
状況だったから仕方ないといえるがね・・・」
タキオンは大仰に顔を手で包み込むようにして応じた・・・
「母の母よ許したまえ・・私があの人の言葉を信じなかったばかりにこんなことになるなんて・・・」
「どういうことだ?」
「月曜の晩に私のところにやってきて、命を狙われていると言っていたのに、私は耳を貸さなかった
のです・・・」
そこでしばらく間があって、タキオンは己の発した言葉にうちのめされているように思えたが・・・
また胃からこみあげてくるものがあるとみえて・・・
すぐにまた洗面所に駆け込んでいった・・・
おそらく胃の中身をぶちまけているのだろう・・・


一方タキオンはというと、喉にまだ酸っぱいもの感じながらも・・・
それが正気を蝕むとでもいうかのように・・・
そこで確信した言葉を脳裏で繰り返していたのだ・・・
ハートマンがエースだというのですね・・・
なんたることか

悔やんでも悔やみきれない

、と・・・
そうして便器の淵を掴んでいると・・・
陶器のひんやりした感覚に多少は慰めを感じながらもそれでも口走らずにはいられなかった・・・
「なんたることか」と・・・
そこでジャックが介抱するように腕を回してきて言葉をかけてきた・・・
「どうした?大丈夫なのか?ひょっとしたらあんたは秘密のエースが誰だか聞いたんじゃないのか?
どうなんだ?」と・・・
「今はまだ話せません、セイラを見つけ出すことことです、すべてはそれからです・・・」
そう言い繕うので精一杯であったのだ・・・