その26 

  スティーブン・リー


グレッグは話し始めながら、席についた
人々の様子を伺うと同時に、
その視線に懇願の意思を込めつつ、
「どうか」と強く言い含めるように
言葉を発したそのときだった。
タキオンが頭の中に入り込んできた。
そしてその異星の男の強固な意志と存在が
グレッグの人格に掴みかかって押しのけて
いて、
グレッグが必死に表にでようとした
にも拘わらずどうにもならず、
「おい、口をつぐんで黙って聞きやがれ
と言っているんだ!」
グレッグの意思に反しているにも
係わらず、その声はオムニに高く
響き渡っていて、
グレッグはモニターの一つから眺めて
いるかのように自分を見つめていた。
微笑んでいる自分の姿を、
その微笑みはいつも浮かべている周到な
微笑みで、実際何事もなかったかのように
映るものだというのに、
「おっとちと激しすぎたかな?」
全てに対して苦笑しつつ、子供のような
含み笑いを漏らしていたかと思うと、
それははっきりした笑いとなっていて、
グレッグはそれをとめようとしたが、
タキオンの力が強すぎて、
まるで自分が無力な腹話術の人形のように
思える。
誰か他の人間の言葉がまるで自分のもの
のように迸りでているのだから……
「口を噤んだ方がいいというものさ、
そうじゃないか?俺はだんまりを決め込むぜ、
何か起こったとしたところで俺は慌てず騒がない、
結局のところ次の大統領様には痛くも痒くもない
というものだからな、おっといけねぇ……」
下を見下ろすと、逃げ出そうとする動きは
止まっていて、代議員達は皆グレッグを
見つけているが、
その顔は一様に関心を示しているというより
冷たく凍り付いたようでいて、後ろからは
すすりなくような音まで聞こえているでは
ないか。
そこでVip席のコニー・チャンがマイクに
向って「ハートマンを映して、今すぐに」
と叫んでいるが、
無駄とは悟りつつもタキオンの意思による
くびきから逃れようともがきながらも、
パペットになるというのはこういうことなのだな・・そう考えながら、
放せ、こん畜生が!
そう悪態をついてもどうになりはしない。
タキオンが糸を握っているのだ。
熟練の腹話術氏さながらに、
もはやグレッグには笑うことしかできはしなかった。
そうして混乱した状況を見つめながら、
まるでそちらに逃げようとしているかのように
首を振り、まっすぐに手を伸ばし、掌を下に向け、
指を大きく広げて、
「どうだい」そして言葉を継いでいた。
「震え一つない、くそ忌々しいまでに落ち着き払って
いるというものだろ、76年のときとは大違いという
ものさ、ず〜っと落ち着いているんだぜ。
これからも心配ないというものだろ……」と。
そこでジョン・ワーシンとデヴォーンがマイクを引き
離そうとして、グレッグは自分がその手を振り払い、
必死でマイクを掴んでいる姿を見つめていて、
「おいおい、大丈夫だと言っているのがわからないのか?
下がってな、これは俺のステージだぜ……」
ジョンはデヴォーンに視線を向けていて、デヴォーンは
すでにお手上げとばかりに肩を竦めていて、
グレッグは汚れたスーツの上着を必死に掴んでいて、
それをためらいがちに脱いでみせ、カメラに向かって
もう一度獰猛な笑みを浮かべてみせていて、
「そら、言ったとおりだろ?」そうしてくすくす笑い
ながら、代議員たちを小刻みに震えた指で指しながら、
「これじゃ指名はうけられないとでも言うのか?」
そうして子供に言い聞かせるような神妙な様子で言葉を
継いでいた。
「ちょっとした問題はあったかもしれないが、そいつは
終わったといううものだろう、実際……」
そう言いかけたところでげらげら笑いだし、ステージの上で
腹を抱えてしまっていたが・・・
再び顔を上げたところで人差し指に赤いものが飛び散って
いるのを目ざとくみつけ、
「文字でも書いて見せようか<No more Violence暴力反対、
Hundred times as punishment信賞必罰>ってな」
そこで透明なプラスチックのパネルを演壇から取りだすと、
大きく<N>と塗りたくり、
次にかろうじて<O>と読み取れる文字を書いたところで、
「おっと、インクが切れちまった」そう陽気に宣言して
みせると、また腹を抱えてうずくまっていて、
バタンという重い音がした。
何かはわからないが板と一緒に何かを落としたらしい。
そう思いながら指でインク瓶に羽ペンを浸すような仕草を
していると、
後ろからけたたましい声が聞えてきたではないか。
「あそこから下ろして頂戴、あの人を止めて」
と泣きながらエレンが叫んでいて、
ジョンとデヴォーンが再び迫ってきて、今度はしっかりと
両側から腕を掴まれていて、
「おい、こいつは何の真似だ」
早口で叩きつけように、
「まだ終っちゃいねぇだろうが、こいつは一体......」
そうまくしたてていて」、
終わった、ともかく終わったのだ。
そう思ったところでタキオンから解放されていて、
彼らにどさりと覆いかぶさられたように感じながら、
舞台裏まで引きずっていかれつつも、エレンに
ジャクソン、エーミィの貌を見れずにいて、
そこにいるに違いないタキオンに、
なんてことをしてくれたんだ。すべきではなかったことだ。パペットマンが死んだのがわからなかったのか?永遠に呪われるといい。そう内心悪態をぶつけることしかできはしなかったのだ……