第五章その10

           スティーブン・リー
             午後3時


マリオットに向かう際中にも、パペットマンがビリィ・レイの内に
潜む罪悪感をつついて貪っている・・・
酸味を帯びて香ばしい不安というものは、ちょっとしたスナックの
ようで旨味があるというものだろう・・・
グレッグにも、レイの内でエレンの落ちる光景が何度何度も繰り
返されているのが感じ取れる・・・
その度に、ビリィの指はエレンの手を掠めて転落するのだ・・・
レイは今リムジンの助手席に腰を下ろして、用心深く周囲に気を
配っているが・・・
サングラスに覆われた目がいつもより多く瞬きするさまは・・・

グレッグにはカーニフェックスが無意識に何か、いや誰かを振り
払おうとしているように思えて痛々しくさえある・・・
なんとわかりやすいことか・・・
パペットマンが笑い声と共に囁いている・・・
あの失敗を埋め合わせるためならこの男はなんでもすることだろう
憶えておくことだ
グレッグはパペットマンにそう囁きかけて・・・
今夜までにするんだ・・・

そう呟いていた・・・
終わりにできるかもしれない・・・
グレッグはこのところ大分落ち付いてきていると考え始めている・・・
己が二つに裂かれるようなしびれるような感覚もだいぶ薄れてきていて・・・
己の一部がしでかしたことに対して嫌悪する気持ちが拭えない一方、
そうするしかなかった、とも思える・・・
駄目だ!まだ終わってはいないではないか・・・


何をすることがあるというのだね?
駄目だ!断じて駄目だ!パペットマンもそういい募って譲ろうとしない・・・
そうしていると選挙スタッフの控室に着いて、ビリィがドアを開けてくれたところで・・・
ペレグリンを象った厚紙で作られたグライダーが滑り込んできた・・・
よく見るといたずらされているようで胸や股間のあたりが黒く塗られて・・・
横には<Flying Fuck飛行売女>という文字も書き込まれているようだ・・・
室内は熱狂に包まれていて、中の仮眠室にチャールズ・デヴォーンにローガンと
一緒にジャック・ブローンもいる・・・
スイートのリビングにはオハイオの代議員の大半がいて・・・
そこにあるバーで酒をちびちびやりながら・・・
デヴォーンとの会合の順番を待っているようだった・・・
一方若いスタッフたちは引っ切り無しにかかってくる電話に応対しているようだ・・・
そしてドアに面した床にはルームサービスのトレイが積み重なっていて・・・
カーペットにはソーダが飛び散って染みとなり・・・
すえたピザの匂いが充満していて・・・
そこにグレッグが入っていくと感情に波が生じて・・・
何もない闇にノイズが生じるようなヒステリックなまでの歓喜パペットマンは感じて
いる・・・
そうしてグレッグに視線が集まっているなか・・・
デヴォーンがその身なりの良い姿でジャックとローガンから離れて人込みを縫うように
してこちらに向かってきて・・・
上院議員・・」と一声かけてから言葉を継いだ・・・
「お悔み申し上げます、エレンさんの具合はいかがですか?」と・・・
パペットマン選挙参謀のこの男が実際はあまり関係ないと考えているようで、大して
悲しくは思っていないのを感じているが・・・
グレッグは頷いて応えた・・・
「良くなっているふりをしているみたいなんだよ・・・
それはエレンだけじゃなく皆に言えることだけれどね・・・
やはり喪ったという意味ではエレンの痛みは誰とも比べられるものではないと思うし・・
だからこそ私がいるべきなのはここでないように思えてならないんだよ、チャールズ・・
病院に戻ってあの人に寄り添ってやりたいんだ・・・
こんな私ではここにいても何の役にも立たないだろうからね・・・」
「それは違いますぞ、上院議員、ただ病院での記者会見はちと微妙でしたな・・」
デヴォーンはそこで首を振って気を落ち着けてから言葉を継いだ・・・
「ジョンがフロリダにジョージアミシシッピィの連中と今話をしていて・・・
何とか南部の、バーネット寄りのゴア陣営の切り崩しを図っているが・・・
中々どうして身内意識が強くて苦戦していたところ、同情を引くというかたちで
有利には運んでいるようでありますがね・・・」
その物言いの無神経さに場が凍り付きかけたが・・・
Christおいおいあんたねぇ・・・」と一人から声があがったが・・・
デヴォーンは構わずに言葉を継いでいた・・・
「ジャックとも話していたんだが、西部は盤石のようだな」
そしてデヴォーンはにこりともせずに畳みかけていた・・・
「いけますぞ、上院議員」と・・・
そして言い聞かせるように言葉を継いだ・・・
「多数派の150から200票は得ておりますから、さらに増やすことも可能で
しょうな、あと2〜3回は新任投票が行われるでしょうが・・・
その度にバーネットの足元はふらついていくだろうから・・・
我々はその離反者をとりこめばいいわけだ・・・
それには副大統領の座をちらつかせるのが一番効果的だろうから、そろそろ腹を
括っていただきたいのですがね・・・」
そこで一部の者から歓声が上がりはしたが・・・
グレッグは薄笑いを浮かべるにとどめていると・・・
ジャックがデヴォーンの後を追うようにやってきて、その横に立った・・・
その顔からは表情は伺えないが、パペットマンはそこから微かな嫌悪の感情が
立ち上っているのを感じている・・・
「こう言っちゃ生憎だがね、上院議員・・」
ジャックはそう言ってデヴォーンの方をちらちら伺いながら言葉を継いだ・・・
「実際あんたが出馬をとりやめたとしても誰も責めやしないといっておきたかった、
俺が同じ立場でもそうしただろうからな、もちろんそれがいいとも言わんがね・・」
「ありがとうジャック」
グレッグはジャックの肩を叩きながらそう応え・・・
そこで大きくため息をついて肩をすくめてみせてから言葉を継いだ・・・
「信じてもらえるかどうかわからないがね、私がなぜここに戻ってきたかというのには
あなたがいるからというというのがあるからなんだよ、エレンはあなたとタキオン
会いたがっていたからね、きっとあなた方二人がいたら守ってもらえるということじゃ
ないかな・・・」
グレッグはそこでビリィ・レイから鋭い痛みを感じ取っていたが・・・
それをパペットマンに与えるのはもはや愉しみでしかなく・・・
他のやつにそれをするのに用心が必要になるが、この場合は何の心配もない・・・
その感情をつまみあげ、パペットマンの鼻先にぶら下げてやるのだ・・・
そうして喘ぐレイの吐き出す息すら心地よく思える・・・
「タキィならオムニの辺りにいるんじゃないかな?」
「でしたらいっそのことマリオットまで引っ張ってきてもらえると助かりますね、
あなた方二人と一緒に戻るのも悪くないですからね・・・」
口裏を合わすのも難しくはあるまい・・・
エレンは年季の入ったパペットで、最もあしらいやすいと言えるだろう・・・
そこでハートマンは思わせぶりに一枚の写真を手に取って見せた・・・
ハートマン上院議員ゴールデンボーイ、ドクター・タキオンに病室にいるハートマン夫人の
姿が映し出された写真だ・・・
そこでブローンの唇が微かに動きかけたが、おそらくグレッグが意図した通りのことを考えた
に違いあるまい・・・
そこでジャックは肩を竦め口を開いて・・・
「捕まるようならタキィを引き摺っていきますよ」と言ってくれた・・・
「よろしい」そう応えてから言葉を継いでいた・・・
「私は部屋で待たせていただきますからね」と・・・