第五章その11

      ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
            午後4時


タキオンを探したがオムニでは見当たらず、タキオン抜きで病室に
向かうことになった・・・
さすがにマリオットでフルール・ヴァン・レンスラーにちょっかいを
だしているだろうことまで話すのは憚られたのだが・・・
ハートマンもそこは察したとみえて、乗ったリムジンのビリィ・レイの
後ろから視線を向けてきただけで何も言いはしなかった・・・
病院に向かう道はかなり渋滞しているようで遅々として進みはしない・・・
そこでジャックは<秘密のエース>について思いをはせ始めた。
セイラが残していった書面のコピーの意味するところを・・・
おそらくその未知のエースというやつは血液検査の結果を握り潰せる
だけの権力を持っているのではあるまいか・・・
だとしたらジェシー・ジャクソンは除外していいだろう・・・
他の対立候補はすべてあやしいといえるが・・・
最も疑いの濃いのはレオ・バーネットだと思っている・・・
バーネットは神の言葉を代弁しているなどと吹聴しているわりには
不思議と一般受けするカリスマを備えた伝道師で・・・
過去二回の投票ではレーガンに投票したと記録されているが・・・
それは民主党の候補にそのまま投票したにすぎないのだろう・・・
この男の主眼はワイルドカードとそれによって引き起こされる暴力に
対抗することにあるのだろうが・・・
望むと望まざるに係わらず、党大会が紛糾すればすろほどこの男に
票が集まることになるのだ・・・
塔に籠って、ハートマンに災厄の降りかかることを祈っていたとしても、
それは天のしろしめすことと言い張るだろうし・・・
もしそこに天の意思に背くところがあるとしたら・・・
そこにこそセイラの残した書面の<秘密のエース>につながる手掛かりが
あるのではなかろうか?
書面に記された十字の文字列からセイラがレオ・バーネットを連想したと
いうことも考えうるではないか・・・
そこでジャックは一端その考えを脇においやって録画されたテープの内容を
検討することにした・・・
デュカキスは勤勉で聡明な印象がありはするが、聊か面白みに欠けていて・・
政敵を始末するために異形のエースを差し向けるタイプとは考えにくいが、
バーネットがそれをしたということならば皮肉が効いているいるというもの
だろうが・・・
記録映像によれば・・・
豹を思わせるしなやかな動きで壇上に登りはしたが・・・
えらく大きなハンカチを取り出してしきりと汗を拭いながら・・・
エストヴァージニア訛りの癖のない温厚に響く声で悪意に満ちた
恨みつらみの叫びをあげていた・・・
この男は考えなしにわめくHolly Roller狂信者ではあるまい・・・
その冷たく青い瞳には知性の輝きが湛えられ・・・
その内容はよく考えられたものでありながら実に理解しやすいものであって・・・
中身が黙示録的な破滅を思わせるものであろうとも・・・
他の候補やスピーチ原稿を書くものの羨望を集めるものであることに違いは
ない・・・
それにバーネットは・・・
ジャックとしてはこんなことを認めたくはないのだが・・・
魅力的といっていい見かけをしているといえるだろう・・・
まだ40歳にもなっておらず・・・レッドフォ−ドを思わせる金髪の美男子で
顎に笑窪があるときては女性が虜となっても無理はあるまい・・・
実際若い身持ちのよくない感じのする娘が足元にひれ伏して、夢見心地になって
いるのを見たことがあった・・・
そこでバーネットがマイクに向かって力強く囁くと・・・
娘はもごもご何かを言いながら苦しみだしたのだ・・・
ジャックとてハリウッドでの全盛期にはステージで感極まった娘たちを見て
きたものだが、これもそういった類ではあるまいか・・・
バーネットの強い意志を感じさせる表情と肉食の獣を思わせる鋭い視線を
見ても明らかだろう・・・
おそらくバーネットは己の存在や声が人々にどんな影響を及ぼすかを熟知
して、それに歪んだ喜びを感じているに違いないのだ・・・
そこでジャックは1948年の夜のことを思い出していた・・・
まだブロードウェイデビューを飾る前のことで・・・
6番街にあるコーヒーショップでフォー・エーシィズの仲間でまだ能力を
世間に公表していないデビッド・ハーシュタインといたときのことだった・・・
そこに集会を終えた共産主義者たちもやってきて、初めは二人のセレブに
サインを求めていたが、次第に政治的な議論をふっかけてくるようになって
いて、思想的な同意を求めてきたのだ・・・
ナチスを狩り出し、ファン・ペロンを打倒したりはしても・・
フォー・エーシィズが労働者と団結することを求められたことなどなかった
のだ・・・
それはジャワのAnti−Dutch反蘭軍や中国の毛沢東に手を貸すようなもので・・
ギリシャELAS(共産ゲリラ)やロシアの東欧に対する浄化政策にエースが
加担することぐらいありえないことではなかっただろうか?
セレブの名折れと言われるかもしれないが、そのまま何事もなくお開きとなる
かと思われた・・・
そこでハーシュタインが粋なことを言い出した・・・
彼のフェロモンは店中に充満していて、誰であろうとも快く従うと・・・
だからガタイの良い港湾労働者と大卒のインテリたちがまるでアンドリュー・
シスターズであるかのように仲良く手を取り合うと・・・
そして仲良く「Rum And Coca Cola」「Boogie-Woogie Bugle Boy」そして
「Don`t Sit under the Apple Tree」に興じることになったのだ・・・
ジャックはハーシュタインが敵対する人々を容易くコントロールした様子から
バーネットのとある記録映像を思い出していた・・・
ニューヨークでギャングの抗争が激化するなか、ジョーカータウンで一発の銃声が
とどろいて、死の淵を彷徨っていたQuasimanクアシマンの元にバーネットが現れ
天の力を用いて救いだしたという内容の記録だった・・・
それは<秘密のエース>の所業として相応しいものだろう・・・
もしそんなことまで出来るのであらば、もしかしたら離れた場所の人間に力を
及ぼすこともできるのではなかろうか?
プロデューサーがCMをカットするがごとく・・・
必要なときにハートやバイデンといった対立する候補を自滅ともいえる状況に
陥れることができたのではなかろうか?
そうして支持者を増やし利益を得たとするならば・・・
己の軍歴からワイルドカードの痕跡を消し去って・・・
タキオン不能を消し去りフルールへの劣情を刺激することが可能ならば・・
遠く離れた支持者を絶頂に達せさせることくらいできるだろう・・・
あの歪んだ革ジャケットを着た手をチエーンソーのように振動させる男あたりは
神の恵みとして、その呪いの癒しを約束されたのではなかろうか・・・
Jesusおいおい、こんな記録は誰でも見れるものじゃないか?
これがそんな重要なものならなぜ誰も声をあげないというんだ?
天に燃える手が現れて、その人差し指でレオ・バーネットを示したくらい明白じゃ
ないか?
バーネットだ、<秘密のエース>はバーネットに違いないのだ・・・
ジャックは下唇を噛みながらハートマンに視線を向けて・・・
ハートマンにそのことを話そうか話すまいかと思案していると・・・
そのハートマンはというと異様にぎらぎらした視線を前の席に座ったビリィ・レイに
向けているように思える・・・
エレンの身に起こったことでレイを責めているとでもいうのだろうか?
そうではあるまい・・・
人伝に聞いた話ながら、レイならば確かに自分が許せず己を責め苛んでいるらしいが・・
そこでハートマンに何か言おうとしはしたが、結局言葉に詰まって何も言いだすことは
できなかった・・・
ハートマンを煩わせるまでもないと考えたのだ・・・
とくにあんなことがあった後なのだから、と・・・
ならば最初にタキオンに話すべきだろう・・・
タキオンにこの書面と記録映像を示して、その反応を観てからだが・・・
遠隔のマインドコントールということならばタキオンの方が専門というものだろう
から・・・