その23 

    メリンダ・M・スノッドグラス
        午後11時
   
呼び出し音は鳴り続けているが、ジェイは寝息をたてた
ままピクリとも動かない。
ただ眠っているというより、疲れたまま意識を
失ったという方が正しいのだろう。
タキオンはその姿を嫉ましく思いながら眺めて
いた。
タキオンとて疲れ果てているのだが、
考えがまとまらず、そのまま休めずにいるのだ。
タンブラーに残ったブランディを飲み干すと、
ようやく受話器に手を伸ばして内線に出た。
「もしもし、インタビューでしたらお断りですよ」
「ドクター・タキオンですね、フロントですが、
無敵の勇者タートルが正面入り口にいらしてまして
あなたを呼ぶように言っているもので……」
「忙しいと伝えてください」
「それがですね……」
最後まで聞かずに受話器を置いて飲み直そうかと考えて
いたところ、
わずか数分後に再び電話が鳴りだして、
「おい、くそったれが、出てこい、話があるんだ」
タキオンはトミィの悪態を耳にしながら、
トミィがシェルを留めたあたりを見計らい、
「そのつもりはありませんよ、トミィ」と応えたが、
「あんたは僕に貸しがあるはずだ」というトミィの声に、
「もう終わった話ですよ」
そう応え受話器を置いて、再びちびちび飲んでいると、
ロケットの発射もかくやという大音響が轟きわたって
グラスを揺らしたときたものだ。
咄嗟に頭を抱えてカーペットと家具の間に蹲っていると、
銀色に光る光が迸るように差し込んできた。
星々の光をタートルの黒い巨体が遮るようにして浮かんでいて、
混乱した声があちこちから伝え聞こえているのだ。
「電話は切れても、こうして顔を合わせては話さずにはいられない
だろうね」
「トミィ、あなたという人は……」
「さぁ話そうじゃないか」
「話すことなどありませんよ」
タートルのTKで摑まれて、地面から300フィート上空で抑え
つけられて窓を割ることになった。
「あるはずだよ」
タキオンは下を行き交う車を眺め、胃液が込みあげてくるのを感じつつ、
「いいでしょう、さぁどうぞ」と何とか応えると、
タートルはタキオンの身体をシェルの後部に下したが、
タクが飲みすぎたとみえてよろめきバランスをとろうとふらふらしていると、
「なんであんなことを言ったんだ?」
「必要だったからです」
「まだ予備選しかしていないというに」
タキオンが黙ったままでいると、
「さぁ理由があるなら話してくれないか?」
「話せないことなのです」
「話せない、だって?」
あからさまに声を潜めたその物言いに、怒りを抑えながらも応えていた。
「ああトミィ、何の問題があるというのです、ジャクソンならばハートマンと
理念が重なるところも多いというものでしょうに……」
「ジャクソンでは大統領は狙えないよ」
「どうしてですか?」
「ジョーカーに都合がよかろうとジャクソンは白人じゃないからね」
ワイルドカード保菌者の処遇改善にとって相応しい人間であると
判断してのことですよ」
「それはあんたの判断だ、ハートマンを応援している他の人間の
立場はどうなるというんだ?」
「25年に及ぶ親交に免じて信用してもらうしかありませんね」
「何を信じろというんだ、あんたの裏切りでバーネットを有利に
しただけじゃないか」
「そのつもりはありません、きちんとした理由もなく動くことが
ないことぐらいあなたもご存じではありませんか?」
「それじゃその理由というのは何なんだ?」
「話せないのです」タクは泣きそうになりながらそう応えたが、
「くそったれが、あんた酔ってるんじゃないか」
そうして天井近くをさまよいつつ、
スポットライトに照らされたオムニ・コンベンションセンター
複雑なカーブで形作られた窓や天井を眺めていたが、
一方の闇の中、聳え立つビルの下に何千という夥しい数の灯りが灯されている
のが目に飛び込んできた。
そこでタクは瞬きしてよく目を凝らすと、それは物言わぬジョーカーたちの
姿であることがわかった。
彼らはその歪な顔をマスクで覆い、キャンドルを手にして沈黙しているさまは
まるで厳かに祈りを捧げているように思える。
「彼らを見たらどうだ、よく見ろというんだ、彼らにも同じことを言えるのか?
タク、信じてくれだって?彼らに取り囲まれてもそんな戯言が言えるのか?」
「そんなことにはなりはしないでしょう」
「もしなったらと言ってるんだ」
「だとしても決めたことを覆すつもりなどありはしません」
Jesus Christ(くそったれが)、あんた何様のつもりだ!
タートルの自制を失った甲高い声に、マスクを被った者達の視線が
集まっているのを感じながら、
「イルカザム家のティジアンネ・ブラント・ティズ・アラ・セク・
ヘリマ・セク・ラグナ・セク・オミアンです、その名にかけて
誓うことができます、正しい行いであると、ですから聞かないで
いただけますか」
己に言い聞かせるようにそう応えたが、
「僕はあんたの家臣じゃないからね」
「家臣ではなくとも、私の血と肉にかけてあなたは身内だと考えて
いますよ、察していただけませんか?」
そう叫び返したが、
「どうだろうね、あんたにとって僕達はおもちゃみたいなもの
じゃないかな、実験室の鼠みたいなものなんだろ?」
そう言い放つとタートルはピードモンドパークにまで移動して、
そこにどしんと音たてて降り立つと、
TKでタキオンを掴み、噴水に続く階段で離し、
「これが最後だよ、理由を話してくれないか?」と声をぶつけてきたが、
「できません」とタキオンが応えると、
タートルのTKが強まって、タキオンを捉え、じりじりと噴水へ追しやろうと
したが、きりきりと肋骨のきしむような力を感じつつも、
呻きつつ抵抗を続けていると、
一瞬力の迸りが弱まって解放された。
タクの骨が折れることを気遣ってか、タートルは突然浮き上がって、公園の
木々の向こうに飛び去っていったのだ。
実際に口にはしていないがタキオンにはわかっていた。
1963年のジェットボーイの霊廟で言ったこと(ワイルドカード1「シェルゲーム
参照のこと)と同じことを無言で示していたに違いないのだ。
「私が理由を話さなかったのは誓って言いますが、あなたを巻き込まないためです、
あの男は壁を通り抜けるエースを差し向けることができますから、あなたといえども
安全ではないのです」タキオンはそう口にしつつも、
タートルの言った別の言葉もまた思い返していた。
実に縁起でもない話ながら、
バーネットが大統領になってしまうと、口にしていたではないか。
ハートマンを大統領候補から遠ざけねばならないが、バーネットも
また阻止せなばなるまい、それにはジャックの助けが必要というもの
だろう、ともあれタキオンはそう思い定めていたのだった。