第七章その25

    スティーブン・リー


まだ叫ぶか大声でがなり立てている者も
あれば、
パニックに陥って出口に殺到する人も
あれば恐怖に凍り付いたようになり
ながら演壇を見つめている人々も
いて、
グレッグはその瞬間を写真の一枚にでも
残りそうなそんな静逸な一瞬だと思い
ながら……
自分の呼吸を耳にして、耳に入る
騒音を締め出しつつ、
脇に添えられた私服警備員達の
腕をはっきりと感じ、
及び腰になったジェシー・ジャクソンの
姿を視線に捕らえながらも、
エレンは制服に身を固めた守衛にしっかり
守られていて、
顔を手で覆うようにして必死に廊下にでようと
しているお偉方もいる。
考え得るよりもひどい血生臭いありさまだという
のに……

呼びかけた声が虚ろに響いているのを…
パペットマン
不思議な感覚だ、と思いながらも……
そう呼びかけたがやはり応えはなく、
パペットマン
もう一度そう声を投げかけてみたものの、
静まり返り、ただ沈黙のみが漂っていて、
震えるように息を吸い、
演壇から引き離そうとしている手を肩を竦める様に
して振り払い、
「大丈夫だよ、もう終ったんだ……」
はっきりとやらなければならないことを思い定め、
パペットマンの置き土産だと自分に言い聞かせていた。
今まで感じたことのない暗い淵が重くのしかかって
いるのを感じつつも、
グレッグは晴れ晴れとした気分を味わいながら、
まだ破壊と殺戮の余韻も冷めやらぬなか、
これからだ。
これからではないか・
……
そう己に言い聞かせ、
タイをひっぱりジャケットを整えながら、
話す内容をしっかりと脳裏に反芻させていた。


皆さん……どうか静粛に願います。妬み憎悪する気持ちからこの混乱は生じたとしても……
無知と偏見から生じた果実は……苦しみから目を背けた実に苦い味わいがしたのではないでしょうか……


廃墟の中から言葉を掴みだすように……
勇敢なハートマン
冷静なハートマン
思いやりに溢れたハートマン
そうして皆の前に立つハートマンは、
国家の矢面に立つハートマンは、
混乱の渦中にあろうとも、
冷静に立ち向かうリーダーであらねば
ならないのだから……


そう己に言い聞かせ、
マイクの前まで歩を進め、
人々を見渡し、
片手を上げてみせたのだ。




メリンダ・M・スノッドグラス


タキオンは左手をブローンの首に添え、
右手を腹部に当てていた。
血染めの包帯が切断された切り口を
辛うじて覆っているものの。
折れた肋骨の痛みも相まって耐えがたく、
顔を上げ、ジャックの肩から上を見る
こともできずにいると、
ジャックはカリフォルニア代議団の
ところに戻って様子を見ているが、
オムニはまるでそこが屠殺場である
かのように血の匂いに満ちていて、
空気清浄器が働いているにも関わらず、
血の匂いを消し切れていないのだ。
それだけではなく硝煙の匂いまで嗅ぎ
取れる。
死体からはみ出した腸特有の臭気まで
するときたものだ。
党大会そのものが衝撃で覆われている
と言っていいだろう。
ジェームズ・スペクターが死に、
背の盛り上がった殺し屋も死んだが、
肝心のハートマンが残ったままなのだ。
そうして上唇を噛みしめていると、
上に張り付いていた私服警備員から解放
された大統領候補が顔を上げ、
手を水平に上げて見せると、
それが指揮棒であるかのように、人々は
鎮めまりかえっていたのだ。
そこでこの男がマイクの前まで進み出た
ときに、
タキオンは何をすべきかを悟っていたのだ。