その24

       午後8時


     ヴィクター・ミラン


革ジャケットの男が爆ぜた、と思った瞬間に、
セイラは頭を両手で抱えた形でうずくまっていた。
髪は思いの他ぐっしょりと濡れていて、そこに
ずっと沈みこんでいたいと思いながらも、
再び目を凝らしてみたが、
背の盛り上がった男も転げ落ちた首すらも
見当たらず。
演壇に赤黒い染みが飛び散っている以外は、
恐ろしいほどし〜んと静まり返っているではないか。
そこでようやくグレッグが覆い被さっていた私服警備員の
下から這い出してきて、
しっかりと立ってみせると、
人々はその指に水星でも見えるかのように固唾を飲んで
遠巻きに見つめていたが、
その指の動きに促されるように声を張り上げ、騒音にまで
高まっていったではないか。
そんな……
これでは大統領になってしまう.......
もはや決まったようなものではないか。
子飼いの殺し屋エースが死んだところでもはやそれすら
何の慰めにもなりはしない。
もはやグレッグ・ハートマン大統領には敵対する相手を始末する
のにドイツのPsychopathsいかれ野郎どもなど
必要ですらないということだ・・・
だとしたら、
ティールが仄めかしていたように、
ソビエトもハートマンに対して黙っていることはあるまい、
何らかの手を講じてくるのではあるまいか。
そんなことを考えていると、
頭がたまらなく重く感じられて手を放したまま、
目からはそこから哀しみが溢れだすかのように涙が流れるに
任せていたのだ。
絶望に溺れるかのように……




     ウォルター・ジョン・ウィリアムズ


ジャックは人混みを掻き分けてタキオンを依りだし片手で
持ち上げてしっかりと抱きかかえたところで、
銃声が轟き渡って、
人々の混乱が加速されたように思ったが、壇上が騒がしく
何やら起こったのは間違いないのだが、それが実際何かは
判別できず、
それでも人混みを縫ってなんとか前に進めたのは、紅海の
別れ(出エジプト記でモーゼが海を二つに割って渡った
奇跡を差す)のようだと思いながら、
白く巨大な演台の前にタキオンと立つことができたが、
下から眺めた限りでは、何もわかりはしなかったが、
何がおこったにせよそれは終ったと見えて、
蔽い被さった私服警備員を払うようにしてグレッグ・
ハートマンが立ち上がり演壇に歩み寄って、覚束ない
手つきながらマイクを手にしているようだった。
Damnなんてこった」ジャックはそう悪態をつき、
「俺達はまた間に合わなかったというのか……」と
口にだしてしまっていたのだ。