その23

       午後8時
     ヴィクター・ミラン


マッキィは心地よい闇に引きずられながらも
それに抵抗していた。
何か、いや誰かがやらねばならないことがあった
はずなのだ。
内に恐怖が燃え立つように感じながら、
目を開き、
首を伸ばして人混みを伺ったが、演壇が邪魔で
上院議員が隠れてよく見えず、
あのお方が俺を必要としているのに、
どうにも力が入らない。
手足に力を込めて、
上ろうとしたが、
手やケッズの先にこびりついた赤い液体で
滑って思うようにはいかずにいて、
あのお方があそこにいるに違いないのだ。
それでも首を伸ばそうとしていると、
背の高いやせぎすの私服警備員らしき男が視線に
飛び込んできて、
驚きと興奮に気持ちを昂らせていた。
男に対する怒りがアンフェタミン(興奮剤)の
ごとく作用したに違いない。
俺を撃ちやがったのはあいつだしかも最悪なことに、あいつは上院議員に何か
しようとしているではないか。
マッキィにはどうしてだか理解できないまでも
それがわかって、
重く感じる右の足を引きずりながら、
歩くごとに腹に真っ赤に焼けた火掻き棒を突っ込んだ
ような痛みを感じながらも己に言い聞かせていたのだ。
俺が必要なんだ。
失うわけにはいかない。あのお方の信頼を.......あのお方自身を……もう二度と、と。




     ウォルトン・サイモンズ


スペクターはハートマンに違和感を感じていた。
ちょっとした抵抗が泡立つプールのように感じられは
するものの、
死の痛み、骨が折れ、血が沸き立ち、息が詰まると
いったイメージを矢継ぎ早に送り込んでいるが、
しかし何かがおかしい、どうにも他とは違っていて、
大きく口をあけ、スペクターの死のイメージすら
飲み込もうとしているに思える。
イメージを強めて押し込むようにすると、ようやく
ゆっくりとではあったがその抵抗も消え失せていった
のだ。


      スティーブン・リー


痛みと苦しみに溢れているというのに……なんと素晴らしく……味わい深いことだろうか……
そう囁いたところでパペットマンの声はかすれていって……
酸に溶かされたように広がる痛みの感覚に……
殺さないでくれと命乞いをし、叫びだしたくなりながらも……
その恐ろしい視線を外すことができずにいたのだ。
悲しみ、痛み、驚愕、苦しみに溢れたその瞳は、
コリンのものではあるまい。
だとしたら何者なのか……
そんなことを考えながらも死が近づいていることを
感じていた。
次はグレッグの番だろう。
パペットマンがその瞳に飲み込まれていくように
想いながらもそう感じていた。
私を殺そうというのか!


残った力を振り絞り、そう悪態をつきながら、
瞬きでもしてその視線から逃れることができないか
と考えているうちに、
世界がすべて消え失せて、その瞳しか感じられなく
なっていたのだ。




      ヴィクター・ミラン


昏い闇に覆いかぶされ、まっすぐ険しい崖から
落ちるように感じ、
倒れてずっと眠っていたいと思いながらも、
耳を貸さず右腕を持ち上げ、
振動させて指がピンクの残像のみになったのを
見つめ、
力を振り絞って、
まっすぐ薙ぎ払い、
切り裂いていたのだ……



    ウォルトン・サイモンズ   


スペクターはかろうじて立っていたが、
膝は緊張に耐えかねてがくがく震えているものの
ハートマンにはすべてを叩きこんでやったのだ。
それなのに……
焼きが回ったということだろうか。
このSon of abitchろくでもない野郎はスペクターを見つめていて・・・
瞬きまでしてみせたではないか。
こんなことは本来ありえない……
そこでスペクターはようやく銃を握っていたことを
思い出して、
ハートマンの腹に向け、
蜂の羽音を思わせるブーンという音に気をとられたと
思った瞬間、
首に激しい痛みを感じて世界が傾いてひっくり返り、
衝撃を顔に感じながら慌てて目を開くと、
耳には唸るような音が響いていて、何もまともには
聞えず、
スペクターからさほど離れていないところに横たわった
身体が見える。
少なくともコリンでないことはわかる身体で、
ジョーカーのように小さく見えると思ったらどうやら
首がないようで、
首のあるあたりにはずたずたに切られた傷があって
そこから紐のような何かが飛び出しているようだ。
そこでスペクターはそれが何かを悟っていた。
そうして夢に違いないと思いながらも、
今まで見たどの夢よりひどい夢だと考えていた。
気分が悪くなって朦朧としつつも、
不思議と高揚した感覚をも覚えながら、
スペクターともあれ目を閉じて、
ひたすら落ち着くのを待っていた……




   ヴィクター・ミラン


首はまるで宙に消えたかのように思えたが、
実際は演壇の後ろに転がっていったようだ。
そこでマッキィは屈みこもうと身体を動かすたびに、
次々と枯れ枝の折れるようなポキポキという音を
耳にしながら、
首を拾い上げてゆっくりと立ち上がり、
グレッグに見えるように持ち上げて、
白い帽子を被り怯えているさまが混乱した羊を
思わせる、押し合いへしあいしながら逃げ惑って
いる人々に向けて、
「そうともマッキィ・メッサーだぜ」と言い放ち、
ごぼごぼ喉を鳴らしながらも、
匕首マックと呼ばれるのは伊達じゃないのさ……」
と言葉を継いでから、
首を自分の顔の前まで持ち上げて、
その唇に口づけして見せたそのとき
だった。
その目が開かれていたのだ。



     ウォルトン・サイモンズ


スペクターが口に違和感を感じて目を開くと、
背の盛り上がった男と視線が合っていた。
どうやら夢ではないらしい……
そう苦笑しつつ、
腹に力をこめようと考えたが、腹がないことに
思いいたった。
あのちびに首を落とされていたのだった。
死ぬに違いないが、このままただ死ぬというのも
耐えがたいものがある……
スペクターはそこでパニックに陥りがちな精神を
鎮め、男に視線をくぎ付けにしたまま、
己が死んだときの痛みと恐怖を呼び覚まし、
闇に覆われて意識が霞んでいくように感じながらも、
それをすべて男に叩きこむと、
なじみ深い恐怖の感覚と共に、
ようやく一人になれたという感覚と同時に……
完全な闇に包まれていったのだ。


ヴィクター・ミラン


マッキィは視線をそらそうとしていたが、
男の瞳はブラックホールを思わせる強さで
マッキィを吸い込もうとしていて、
魂がばらばらに引きちぎられるような感覚
と共に……
身体は哀れにも震え始めていて、
しだいに強く振動していて、どうにも
ならず、
血が沸き立ちはじめ、
あちこちの毛穴から汗が噴き出していて、
そうして叫びながらも、
切断された首の頬にかけた指ががりがり音を
立てると共に摩擦で黒ずんでいって、
そうして振動させた指が骨にまで達して頭蓋を
揺さぶり、
その中の体液を掻きまわして沸点にまで高めた。
それなのにこの瞳ときたら……