その22

           午後7時
        ウォルトン・サイモンズ


ホテルのコンコースからは、もはや人混みは引いている。
おそらく人々の関心はすでに党大会の行われている会場に
移ってしまっているということか。
スペクターは堂々とスナックバーに入っていって、
ジャック・ブラックのボトルを小脇に抱え込んでいた。
充分睡眠はとれたのだから、後は何か食べられたらいいと
いうものだが、
マリオットのレストランに行くのは論外というものだろう。
なにせゴールデンボーイと闘ってわずかしか経っていない
からな……
とはいえ飢えは耐えがたく何も食わないわけにもいかない
というものだ。
などと言い訳じみたことを考えつつ、雑多に並べられた
ジャンフードやらみやげものやら見渡して、チョコバーに
缶入りのカシューナッツとソーセージを摘みとってレジの
方に目をやると、若い黒い男がそこにいて小さな白黒テレビを
見ているようだった。
そこでスペクターは勘定をカウンターに置いて、
「これでいいかい」と声をかけると、
テレビではタキオンの腕が吹きとばされた場面が映し出されたが、
そのすぐ後にCMに入ってしまっていたのだった。
死んだかどうかわからないじゃねぇか、くそったれが。
実際どうなんだ?
タキオンは手を吹きとばされたのか?確かそういってなかったか?」
そう声をかけると、
「あんたずっとプールにでも入っていたのか?」
怪訝な顔でそう聞き返されてしまい、
「小柄な醜男がドクターの首を狙ったらしいぜ、それでおっと……」
そこで男はテレビに視線を戻してスペクターに見るよう促してみせた。
テレビではスローモーションの映像が流されていて、タキオンが人々と
握手をしているところのようだった。
「誰がやったんだ?」スペクターがそう訊ねると、
「背中の盛り上がった小男だという話だがね、ああこいつだ……」
映し出されたその顔を見て、まぬけにも口を開けて驚いてしまった。
ここへ来る航空便の中で出くわした男ではないか。
その男がタキオンの腕を吹きとばし血が飛び散ったところで、パニックを
起した人混みに押され、カメラが倒されたらしく、そこで映像は終わっている。
「で生きてるのか?」スペクターは常にタキオンを呪いながら生きていたといっても
いいだろう、当然死んでいた方がいいに決まっているにも関わらずそうは思えなかった
のだ、死ぬにしても、己の手でとどめをさせなければ意味がないとでもいうかのように、
「まぁとどのつまり」男はテレビを消して、レジに会計を撃ち込みながら、
「あの見た目よりはしぶとかったということだろうな」
男はそう言ってジャンクフードを齧りつつ、スペクターにおつりを出してきた。
「握手をするにしても用心するこった、どこに悪魔が潜んでいるか知れたものじゃない
からな……」
悪魔にゃ不自由してないがね、スペクターはそう考え苦笑しながら、
微笑んでみせて、おつりを受け取りポケットに突っ込んで、
部屋に戻るべく向かったのだった。