ワイルドカード7巻 その9

       ジョージ・R・R・マーティン
            午後7時

クリスタルパレス前の路地には数人固まっていて、
正面には4台のパトカーが停められており、
5台目が後ろの通りに停められている。
ジェイがタクシーから降りると、
その内の一台の傍にマセリークが立っていて、
警察無線に対し何か話しているのに気づいた。
建物は封鎖されていて、
正面入り口につながる階段にはX字のラインが
張られ、
ドアのところには犯罪現場を示す垂れ幕の
黄色い色もちらついている。
三階の窓についた灯りが、
そこにあるクリサリスの私室を思い起こさせて
つらくなる。
隣の部屋にも人が散らばっているのだろう。
時折フラッシュを焚く光が点滅していて、制服を
着た数人の姿を浮かび上がらせている。
神のみぞ知るといった証拠を求めているに
違いない。
辺りには野次馬の姿もちらほら見え、
口々に何かを囁きあっている。
彼らはジョーカータウン街の元々の住人で、大概が
ジョーカーだが、
スラム街に住むナットだか極めてそれに近い人影も
二人いて、
街につながる歩道に警官の前であるにもかかわらず
客引きに精を出しているポン引きがおり、
他に視線を向けると、いかにも古臭いギャング然とした
Mae westメイ・ウエストのマスクを着けたワーウルフ
団員が四人いて、
鼻をつきつけあっているときたものだ。
もちろんクリスタル・パレスにいつもいる人間も混じって
いるだろう。
無線を切ったところのマセリークの前に行き、
言葉をかけた。
「それで……犯罪者は現場に戻ってきたかね?」
「だからあんたは戻ってきたんじゃないのか・・」
そう指摘したマセリークの言葉を茶化しつつ
言葉を差し挟んだ。
Dollyおいおい、何か指紋は出たかな」
「たっぷりでたとも、あんただろ、クリサリスに、
それからエルモにサーシャとルポのもな。
調書をとった人間のものしかみつかっちゃいないよ」
Ahそうかい」
と曖昧に答えたジェイを尻目にマセリークが続けた。
「カントが言うには、この中に動機を隠した人間が
いるんだそうだが」
Real Good素敵な話だね」
ジェイはタイトな革のミニスカートを身に着けた女に
気をとられつつ、
For a lizard蜥蜴革かな」
と呟きつつマセリークのいる方に向けて振り返ると、
半ブロックほど向こうにフードを被った姿が目に飛び込んできた。
「あんたがそう言っていたと伝えておくよ」
そう苦笑を滲ませつつ返してきたマセリークにジェイが応えた。
「それじゃこいつも伝えておいてくれ、
何か情報を掴んだとしてもそいつ自体が重要じゃないし、
動機としたころで指紋と変わりはしない、
多すぎてもかえって真実から遠ざかるものさ」と。
そうして通りに視線を向けると、
フードを被った男が闇の中に立っていて、
パレスを見つめている。
その男が振り返った。
ジェイが見たその男の顔がある辺りには、
金属の輝きが見て取れた.
フードの下にフェンシングの面を被っているのだ.
「そいつを聞いたら喜ぶだろうて,
他に何か伝えることは」
「そうだな」
ジェイはそう一拍置いて続けた。
「エルモは外した方がいい、そう伝えておいてくれ」
そうして再びマセリークに視線を戻して尋ねた。
「それでサーシャは帰ってきたのか?」
「母親のところに身をよせてるそうだが、
あんたに関係ないだろ、
第一エリス分署長から、手を引けっていわれて
るんじゃないのか?」
「手はださないさ」
ジェイはそう応えながらも視界の隅で、フードの
男が闇に消えていくさまを追いつつ続けた。
「いい手がかりは身近な内にあるものさ」
「見落としたというのか?」
ジェイは両手の平を上に向けて上げ応えた。、
「さぁな、実際どうだかね、
ともあれもう行かなくちゃな……さよならだ……」
ジェイがそう言い放つと、
マセリークは不機嫌な様子で見つめてはいたが、
肩をすくめてからクリスタルパレスの中に消えて行った。
そうしてジェイもまた雑踏に分け入っていくと、
もはや手遅れだった。
フェンシグの面をつけた黒いフードの男は見当たらない。
(いや<男>というのは正確にいうと違う)
薄汚れた黒い服装にあの巨体を見るに明白だ。
オーディティの中には男性と女性両方がいるのだから、
(どんなジョーカーであろうとも重要なことは一つだ)
そうして呟いていた。
「怪力の持ち主ということさ」と。