ワイルドカード7巻 その10

        ジョン・J・ミラー

          午後8時
  

ブレナンのノックに応え、ドアを開けたのは、、
古びた雀を思わせる、小柄で年老いた女性だった。
「サーシャはいるかね?」ブレナンが尋ねると、
「いないよ」という言葉が返されてきたが、
ブレナンはドアの間に足を挿しいれて、
閉じられるのを防ぐと、
ドアの向こうから窺える室内で、
何者かが動くのが見えたが、
誰だかは明白だ。
「サーシャだな、危険なことは何もない」
そうして声を搾り出した。
「話したいだけだ」
年老いた女性はドアを抑え必死で閉めようと
していたが、
ブレナンの体重の載った脚をどけられずにいると、
哀れな声が中から響いてきた。
「大丈夫だよ、Maママ、」
そして溜息混じりに言葉をついだ。
「この人からずっと隠れてはいられないだろうから」と。
サーシャの母親はドアの脇からどいて、ブレナンを中に入れたが、
皺の目立つ顔を困惑に歪めつつブレナンに警戒しながらサーシャに
視線を向けると、
サーシャはリビングのソファーに崩れ落ちるように掛けていて、
「大丈夫だよ、ママ、お茶でも煎れてくれないかな?」
と繰り返し、
ブレナンがサーシャに向かい合ったところで、
サーシャの母はようやくその言葉に頷いてキッチンに向かっていった。
バーテンダーは細身で、骨も筋肉もあまりあるように見受けられない。
生気がなく、その顔は筋張っていて青白い。
「何があった?」
そう尋ねるブレナンの声に
「何も……」
サーシャは疲れきったというふうに首を振ってそう応えた。
その声には痛みと喪失感が滲んでおり、
ブレナンがこれまで耳にしたどの声よりも苦いものだった。
「何を隠しているんだ?テレパシーでクリサリス殺しの犯人を
知ったのではないのか?」
サーシャはじっと腰掛けたままで何も話そうとしない。
ブレナンがそれに対し頷きかけると、
「誰かというならばいたよ」とようやく言葉を搾り出した。
「誰だい?」
「あの私立探偵だ、ポピンジェイと呼ばれている男だ」
(ジェイ・アクロイドか、
たしかエースだったな、
あの男が殺したとは考えにくいが)
「パレスで何をしていたんだろう?」
サーシャは何も答えず、ただ肩を竦めてみせた。
「エルモはどうなんだ?」そうブレナンが尋ねると、
バーテンダーは首を振って返した。
「クリサリスに何か頼まれて出て行ったきりだ、
何を頼まれたかは聞いていないがね」
「エルモが殺した可能性は?」
サーシャは笑って答えた。
「まさか、冗談だろ?あの子男がかい?
あの人をしたっていたんだ、まだあんたがやったと
いう方が頷けるというものさ」
「他に何か変わったことはなかったか?
殺しに結びつくような何かだが」
サーシャは神経質に、首にできたかさぶたを
厄介なもの触れるよう触りながら応えた。
「どうやって殺したかということだな」
そこから熱に浮かされたように語り始めた。
「さっきまでフリーカーズで飲んでたんだぜ、
そこで聞いちまったんだ」
「何を聞いたんだ?」
「ブラジオンさ……やつがやったんだ……
そう自慢していたという話だ」
「なぜブラジオンがクリサリスを?」
サーシャは肩を竦めて応えた。
「知るものか……あいつはいかれちまってるからな。
へましてフィストを外されてから、手柄をたてようと
躍起になってたって話だ」
ブレナンは不敵に頷いて応じた。
(確かに筋力はあるが、それだけだ。
力は強くても間抜けな奴だった。
数年前フィストを相手にしていたとき、
やりあったことがあったのだ。
その後マフィアはギャングの抗争で大分
弱体化したと聞いているが、
もしクリサリスがキエンとフィストの関係を
知ったなら、
ブラジオンが差し向けられることはありえる。
というよりは、フィストにとりいろうと独断で
動いたとみるべきか)
そこでサーシャの母が茶を乗せたトレイをもって
キッチンから戻ってきた。
サーシャが湯気のたつカップを手で包むように
持ち上げたのを見てブレナンは潮時と判断した。
「もう行かなくては、
用心にこしたことないぞ、サーシャ」
そう声を掛け、
年老いたその母に視線を向けて頷いてから、
そのアパートを後にした。
(サーシャの聞いた噂が事実ならば、
トライポッドに言って消息を掴まねばなるまい。
確かにブラジオンならば、
あれを行えるだけの腕力がある。
もしそうだとしても、
奴自身が主犯というのではなく、
そいつらにつながっているとみるべき
だろう)
そしてキエンにつながっているとするならば、
ブレナンは仇敵への復讐を再開するこになるだろう。
キエン、もしくはその組織がクリサリスの死を命じたならば、
フィストは購うことになるのだ。
彼ら自身の血潮で。