ワイルドカード7巻 その11

       ジョージ・R・R・マーティン

             午後9時

アパートは店じまいした印刷屋を見下ろす二階にあった。
世紀を経た鉄骨作りの建物が川を遮るかたちで建っていて、
扉のところには、消えかけた判読しにくい文字で、
かろうじてブラックウェル印刷会社と読み取れる。
窓ガラスを透かして見ようとしたが、
灰色に塗られているかのようで、
中まで見えはしない。
両手をブレザーのポケットに突っ込んで、
ゆっくりと歩道を歩いてみると、
二階に上る通路は二箇所あることが見て取れた。
建物の後ろに鉄製の非常用の梯子が備えてあり、
窓の外の方にそいつを下ろして上っていけそうであり、
ベルを鳴らしてみることもできそうだ。
二階の窓からは明かりが伺える。
通りに面した方に回り込んで、鉄枠のドアを
見たが、こちらには呼び鈴といったものは
見当たらない。
親指で軽く突いてみると、
キーキー音を立てて、
鍵が外れたようだった。
こいつは都合がいい。
とばかりに中に入ると、
狭い階段の下にでたようだった。
室内には黴とプリンターインクの匂いが
漂っていて、
天井からは裸電球がぶら下がっている。
そいつを微かに揺さぶってみると、
蛾が離れて、回りを飛び回り、
電球が熱を放って明るく輝いた。
おそらく古い配線に対し電圧が強すぎて
負荷がかかっていたのだろう。
ともあれ灯りは無事点いて室内は充分
見て取れる。
蛾の一羽が電球に飛びついて落ちていき、
足元で燻りつつも、
まだまたたいているその羽が、
剥き出しの木の床に描かれた刺青のように
思える。
そいつを踏みしめると、
パリっと音を立て崩れていった。
(サーシャがこんな風に厄介ごとに飛び込んで
いなければいいのに)と考えながら、
上に続くドアが開けられて、
「上がってくるのかい」と声がかけられてきた。
それは女性の声で、ジェイにはそれが誰の声だか
わからなかったが、
彼でないことは間違いない。
上を眺めながら訊ねた。
「サーシャを探している」と。
そうして階段を上って行った。
かなり痛んでいるため、慎重に注意を払いながら、
「サーシャはいないよ」
すると二階に現れた女性が階段の一段に足をかけ、
微笑みながら応えた。
「ずっとあたし一人だよ」
そうして口を尖らせながら舌なめずりしているようだ。
赤いワンピース型下着を身に着けているが、
下着は履いていないようで、
黒く薄い恥毛が、その開いた脚の間から見て取れるでは
ないか。
肌はハイラムいうところのカフェオーレ色といった感じの
明るい茶色で、
背中に流されている髪は黒くもつれていて、
ワンピースよりも長く伸びている。
下の方はというと、ジェイがこれまで見たこともない見事な
ものであり、
「おいで」と声をかけてきた。
そして挑発的により強い口調で繰り返した
「おいでなさい」と。
ジェイは抗うように周りを見回しはしたが、
結局視線を逸らすことはできずにいて、
(そういえばジューブがいっていたっけな。
サーシャはハイチ人の娼婦だか男娼と同居してると)
飢えた目をして細い針をもった刺客の待ち構えて
いるのを予想していたものだったが、これは想定外の事態と
いえるだろう。
固唾を呑んで、ほぼ裸になった女性の姿を眺めていたが、
Ahその……」
ようやく言葉をついだ。
「サーシャは……」
「サーシャはあたしにあきたってよ。
あたい、Eziliエジリィっていうのよ」
そうして手を上げて示しながら微笑んだ。
「俺はジェイ・アクロイド、クリサリスの友人だ」
そして付け加えた。
「サーシャの友人でもある」そしてさらに続けた。
「彼と話さなければならないんだ、あの人のことを。
もちろんクリサリスのことだが……」
ジェイはそう言いながら階段を上って行った。
エジリィは耳を傾け、
頷いて微笑んでいる。
ジェイはあと二段というところまで近づいたところで
さらに頷き返した。
エジリィの瞳はその下着同様の色に輝いているではないか。
黒い虹彩の周りが紅く濡れた色で縁取られているのだ。
「その目は・・」思わず動きをとめて口に出していた.
エジリィが近づいてジェイの手をとり、
その脚の間に挿しいれた。
身体の熱が伝わってきて、
指には、そのコーヒー色の肌の下の湿り気が感じられる。
そうして指が中に入り込んでいくに従い、
彼女は吐息を漏らし始めた。
互いが溶け合うように感じる中、
彼女が最初の絶頂に達しながらも、
熱に浮かされたように手をはさんだ腰を振り、
それから飢えた子供のようにジェイの手を口のところまで
もっていき指を舐め、
そこに滴った液体をすすっている。
ジェイにはもはや言葉もない。
そうしてその瞳に沈んでいったのだ。