ワイルドカード7巻 その8

          ジョン・J・ミラー

            午後4時

Church Of Our Lady Perpetual Misery
<憐れなるもの達のための永劫女神教会>は
ほぼ無人に思えたが、
傷の目立つ木のPew会衆席には跪き懺悔する数人の姿が
散らばっていて、
その低く静かに垂れた頭からは、
聖書に示された明白なJesus主より現実味のあるもの、
彼らの神に対する祈りが捧げられているのだろう。
Quasiman*クオシマンと呼ばれている背の突き出た男が
綺麗に折り目のついたLumberjack Shirtsランバー
シャツに清潔なジーンズを身に着けていて、
Altar祭壇の間をいったりきたりしつつ
・・小声で何かを呟きながら
tabernacle礼拝堂を掃き清めていたが、
ブレナンが祭壇に近づいたのに気づいたのか、
礼拝堂から降りて、
硬くぎくしゃくした動きで、左足を引き摺りながら近づいてきた。
ワイルドカードウィルスで身体は捻くれたものになりはしたが、
超人的腕力とテレポートする能力を与えられている。
「こんにちは」と声をかけて、
「ファザー・スキッドに会いにきました」と尋ねると、
「こんにちは」と返してきた。
その瞳は暗く熱に浮かされたように見えながら、
その声は深くやわらかいものだった。
Chancellery執務室にいらっしゃいます」
「ありがとう・・」ブレナンはそこから言葉を継ごうとしたが、
ブレナンを見つめるクオシマンの瞳は焦点を結んでおらず、
そのジョーカーの顎は緩んでおり、涎が零れ落ちている。
心ここにあらずといった状態であるのは明らかであるから、
ブレナンは頷いて返してから、
クオシマンの視線が向いたままの先にあるドアを開けると、
ファザー・スキッドはくたびれた木製デスクの前にかけていて、
本を読んでいたが目を上げ、微笑みかけてきた。
ファザー・スキッドはテントのように広がった質素な司祭服で、
その恰幅の良い胴体と幅広の肩を覆った、
薄い灰色の肌をした髪のない男で、
瞬膜で覆われた大きく明るい目、口は一見口髭を思わせる短い
触手がぶら下がっていて、
本の上に置かれた手には、
大きく、長く細身の指が添えられていて、
手の平には退化した吸盤の名残が見て取れる。
かすかなあまり心地のよくない海の香すら
漂ってくるかのようだ。
「どうぞ、おかけください」
その声は常日頃世界と接するのと同じ、
慈悲深く愛情に溢れたものであり、
「古い友人の遺した本を読んでいました」
そして本のタイトル、<一人の人間の人生に
おける一年〜ザヴィア・デズモンドの日誌〜>
を示してみせながら言葉をついだ。
「彼だけでなく多くの、古い友人の思い出が
溢れているのです」
心の痛みを表すように指を、
その上でくねらせながらも言葉を重ねてきた。
「また立ち寄ってくださって嬉しく思います。
姿を隠されて、ずっと心配していたのですよ」
ブレナンは微笑みかえしてから幾分ユーモアをこめて
応えた。
「申し訳なく思います、神父様、タキオンには
事情を話してあったのですよ。
この町に戻ってくるつもりはなかったのですが、
事情が変わったものですから」
ファザー・スキッドは困惑を滲ませながら言葉を
返してきた。
「クリサリスの、死の一件ですね、
あなたがたは……その……親しかったことがあった
とか……」
「警察は、俺が殺したと言っているのでしょう」
「ええ、そう聞いてはいます」
「それでも信じないとおっしゃってくださるのですね」
ファザー・スキッドは迷いを振り切るように頭を
振って答えた
「もちろんです、あなたにクリサリスを殺せるはずが
ありません、とはいえあなたに罪がないとまでは
いいません、罪のない者のみが他人に石を投げられる
ともいいます。
私も魂の清浄とか純潔なんて言葉からは残念ながら
ほど遠いようですからね」
そうしてファザー・スキッドは溜息混じりに言葉を継いだ。
「クリサリスも、その哀しみに満ちた魂の救済を求めていました。
せめてその魂の安からんことを願っております」
「俺もそいつは願っているが」
ブレナンは続いて言葉を吐き出した。
「俺にできるのは殺しの犯人をみつけることだけだ」
「警察に任せたら……」
そういいかけたファザー・スキッドの言葉を遮って言い切った。
「俺ならそれができる」と。
その大きな肩を竦ませて司祭が応えた。
Perhapsおそらくそうでしょう、
Perhapsおそらく藁くらいは掴んでいるのかも
しれませんし、寧ろ目星もついていたとしてもそれでも、
あなたがどうしても自分でそれをなさるというなら……
私の協力のあることを覚悟なさることです。
嫌とはいわせませんからね」
鼻から伸びた触手の集まったところを擦ってさらに続けた。
「まぁ私の知っていることが役にたたないとも限りませんから」
「早速知恵を貸していただきたい、探している人間がいるのです」
「誰だね?」
「サーシャです、彼はここに出入りしていたと聞いていますから」
「サーシャ・スターフィンは信心深い男ですから」
司祭はさらに続けた。
「聖餐を共にする姿を良く見かけたものです」
「サーシャは行方をくらましたのですよ」
ブレナンはそう返しながら、魂の在処をないがしろにして肉体のみを
探しているような居心地の悪さを感じてならなかった。
「普段はパレスにいますが、殺しの証人として口封じされることを
恐れて身を隠しているのではないでしょうか」
ファザー・スキッドは頷きながら応えた。
「かもしれませんが、母親のアパートはお探しになられましたか?」
「いや」ブレナンには思いもよらない言葉であり尋ねていた。
「それはどこです?」
「ブライトンビーチのロシア人居留地です」
ファザー・スキッドは具体的な場所を示してくれた。
「感謝します・・助かりました」
ブレナンは教会を後にしようとしながらも、
ためらいがちに司祭に視線を向けて尋ねていた。
「一つだけお尋ねしますが、今朝クオシマンは
どちらにいましたか?」
ファザー・スキッドは厳粛な面持ちでブレナンに視線を
向けて応えた。
「疑っているのですか?彼は特に優しい魂の持ち主なのですよ」
「強腕をもまた備えている」
ファザー・スキッドは頷いて応じた。
「それは間違いありませんが、彼は容疑者から外さねばならない
でしょう。
ナットというものは身体や骨格が変化したことに注目しはしても、
変わらないものもある、ということを忘れてしまうのですね。
彼は昨晩墓地を警護していましたよ、彼がそれを望んだのです。
物忘れが激しい性質でありますが、少なくともその気持ちは彼本来の
ものです」
「それでは毎晩それを行っているのですね?」
「毎晩です」
「一人でですか?」
一拍の間躊躇いながらもファザー・スキッドは応えた。
「はい、そうです」
ブレナンは頷き返して答えた。
「重ねて感謝します」
ファザー・スキッドは片手を挙げて祝福を示して
「神があなたと共にあらんことを、あなたの為に
祈っております、それにね」
立ち去ろうとするブレナンの背中に向けて言葉を
言い添えていた。
「クリサリス殺しの犯人にしたところで、あなたに
尻尾を掴まれたら、己の平穏を願わずにはいられない
でしょうから・・・」と。
 


ノートルダムの男Quasimodoが由来で、日本では「カシモド」と表記されることから、「カシマン」という
表記もありかと・・・