ワイルドカード7巻 その4

        G・R・R・マーティン

        1988年7月18日

             正午


さしずめMaserykマセリークの演じているのが良い警官で、
Kantカントは悪い警官というところか。
マセリークはやせぎすで陰気なViolet菫色の瞳を持つ男で、
カントは髪のない瞬膜(猫や蛇に見られる、目と瞼の間にある薄膜)のあるジョーカーで、
そうして7度も同じ話をさせられた。
(容疑者がジョーカーの場合は役割を入れ替えるんだろ?じゃ俺はどうなるんだい)
そう思いはしたが一瞥をくれただけであえて尋ねはしなかった。
お昼時になって……クワの木周りをぐるぐると……という例えがあるような、
同じ取調べの連続で二人とも疲れたとみえる。
「俺たちをからかっているつもりなら、そろそろ勘弁してくれないか?」と
カントがはさみをちらつかせながら含みをもたせてきて、

(どっちがだ)そう言葉がでかかったが、視線をあげ応じようとしたところで、
「Mrアクロイドだから憶えていることはすべて話してくれたさ、ハーヴ」と
マセリークが懐柔にかかってきた。
「他に何か思い出すことがあったら、連絡をくれたらいい」といってマセリークが名刺をだして、
カントにこの町からでるんじゃない、と念を押されてから、
二人に促がされ執務室に向かう事になった、どうやら調書に署名が必要らしい。
署の中には馴染みの顔があふれていた。
クリスタルパレスのドアマンが制服警官に調書をとられている一方で、
先月クリサリスから首を言い渡されたウェイトレスが隅で泣き崩れているのも見て取れる。
長い窓際の木製ベンチには呼び出された他の従業員も控えていて、
三人のウェイター、皿洗い、それから毎週木曜の晩Green Roomグリーンルーム
ラグタイムピアノを弾いている男が見知った顔で、
他は重要な容疑者かもしれないが知らない顔ばかりだが、
臨時のバーテンLupoルポが簡素なデスクの
傍に腰掛けているのがみてとれた。
ジェイは書類を片づけてから、ルポのところまで行き、
「信じられるかね?」とルポにたずねると、
「何が起こっているんだろうね」と返してきた。
ルポは深くくぼんだ赤い目をもち、デニムのシャツを着て、肩まで髪をたらしているジョーカーで、
ジェイがそれに答えずにいても、あまり気にする風ではなく言葉を重ねてくる。
「あんたが死体を発見したんだって……そこにスペードのエースで噂の、あの男がいたのか?」
「いや、死体の傍にカードがあっただけだよ」
「ヨーマンか」ルポが怒りを滲ませ、はき捨てるようにこたえた。
「あの野郎には一度か二度、Tullamore Dewタラモア・デューを持ってったことがあるんだ、
この街から出て行った、と聞いてたがな」
「マスクはしてなかったのか?」
ルポは首をふりながら返してきた。
「憶えちゃいないよ、忌々しいことだがな」
赤い舌を口からちろちろだしながら、
「エルモはどこにいるのだろう」
ジェイは部屋を見回しつつ別の話を振ってみる。
「あっちゃいないな、小耳に挟んだところによると、
どうやらAPB緊急指名手配になってるようだ」
そこでカントが姿を現して、背後から近づいてきた。
「あんたの番だぞ、ルポ」
カントが取調室を顎で示しながらそう伝えてきてから、
「まだここにいるのか?」と目ざとく尋ねてきた。
「出るさ、出るとも……まぁ些か警察に協力しはするがね」
とジェイがぞんざいに応え、
そうしてカントとマセリークがルポを連れて行ったところで、
一度不意打ちのようにCaptain分署長の部屋に戻ってみると、
デスクに向かい、紫煙を燻らせながら、速読もかくやという勢いで
書類をめくっているAngela Ellisアンジェラ・エリス分署長に出くわした。
緑の瞳と長い黒髪のアジア系の小柄な女性ながら、NYPDニューヨーク市警一のタフさで知られている。
このオフィスでエリスの前任者が死んだ、心臓麻痺と言われているが、
疑う向きも少なくない、その前任者もまた殺されているのだから。
「それで」と声をかけ疑問をなげかけた
「エルモの消息はつかめてないのですか?」
エリスは煙草の煙を吸い込んでから視線を向け、それが誰かを思い出すかのように
たっぷりと間をおいてから言葉を搾り出した。
「アクロイドね」
ようやくの言葉ながら不快感を隠そうともしていない。
「あなたの調書はよませてもらったけれど、かなりの穴があるわよ」
「しかたないだろ、情報がないのだから、サーシャから何か聞いてないのか?」
「それもほんのわずか」
エリスは立ち上がって、それからゆっくりろ言葉をついだ。
「起きて、異変を感じ、階段を降りて、クリサリスのオフィスにいったら、誰かさんが
隠れていた、と」
「隠れていたんじゃない、
探偵スクールで身を隠すすべは学んでいる、隠れるならもっとうまくやるさ・・
まぁ隠れる理由もなかったからね、それでエルモに対して掴んだことは?」
「あなたはどうなの?」
「小柄な男だな」
「強い男よ」エリスは少し考え込んでから言葉をついだ。
「女性の頭をプリンのように潰すに十分な強さをもっている」
「それはそうだが、
普段エルモがあの人に接していた様子からして、
手をあげるというのは考えにくい」
おかしくもないというように乾いた笑い声をあげながら
エリスの言葉が返されてきた。
「アクロイド、あなたに猟奇趣味をもった殺人犯の何がわかるというの、
彼らは妻や家族の前では善良な市民の顔を被っているものよ」
灰が煙草の端から落ちるのもかまわずエリスはさらに言葉をついだ。
「お友達のエルモが普段おとなしくて、クリサリスを崇拝していたところで、
夜な夜な別の男が寝室を出入りすることを知って逆上したり、
つきまとわれることに嫌気がさされて、面とむかって嘲笑われたとしたら
どうかしら……」
「エルモが逆上したと?」
エリスは吸殻であふれかえった灰皿で煙草の火をもみ消してから言葉を返してきた・・
「だとしても許しはしない」
「執行猶予はないのか?」
「私が分署長であるかぎりそれはないわね」
ジャケットからキャメルをとりだし、一本出して火をつけてからさらに続けた・・
「あなた探偵でしょ、事実をごらんなさい」
立ち止まって壁の額にはまった免状をじっと見つめてから、ジェイに向き直って続けた。
「頭はセミオートでcanterloupeカンタロープをなでたようにひしゃげ、脚は両方とも
Broken壊れ、左手の指はすべてSnap破れ、骨盤は6つにShatter砕かれて、
すべて血にまみれている」
エリスはさらに強調するように煙草をぐいとジェイに向け突き出して続けた。
「ガンビオーネ一家のなわばりでストリート暮らしをしていたときに、
タイヤ着脱用のてこをもった男がよ、街娼のひもでエンジェルダストを
きめた奴に襲われたのを見たの、野球のバットで全身の骨をばらばらに
されていた、ひどい状態だったけれど、それでもクリサリスよりはましな
状態だった。
並の人間の仕業じゃない、エースか、それともジョーカーの超人的力に
よる犯行よ」
「その条件に合う奴なら他にもいるだろ?」ジェイがそう言い添えたが
クリスタルパレスでなら彼だけよ」エリスは譲らず、デスクのところに戻って
腰を降ろし、ファイルホルダーを開けながらさらに言い募った。
「エルモの力をもってすれば犯行は可能だわ」
「かもしれないがね」ジェイはそう応えつつもも可能性を考えていた。
(たしかにエルモにはナット以上の超人的腕力がある、
それでもわずか97ポンドの小男にすぎない。
ハーレムハマーにトロール、カーニフェックスやオーディティに
だって可能というものだろう。
もちろんあの忌々しいゴールデンなんたらと呼ばれているジャック・
ブローンにだって力だけを問題にするなら容疑はあるというものだ、
どうにもエルモの犯行じゃない、と俺の勘が告げている)
エリスはその先を遮って言葉を告いだ。
「動機はともかく、エルモには犯行を行う機会があった、
それだけでも充分容疑に足るというもの」
「そいつぁどうかな」
「エルモが無実だとしたら、どうしてここにいないのかしら?」
机上のホチキスをもてあそびながら、エリスはさらに言葉を覆いかぶせてきた。
「エルモの部屋を調べたけれど、眠った形跡もなければパレスに戻った形跡すらない、
それじゃどこにいったというのかしら?」
ジェイは肩をすくめてはぐらかすように応えた「外だろ」
苦いものをふくんだような調子で吐き出すような言葉が
返されてきた。
「まるでエルモより有力な容疑者がいるような口ぶりね」
ホチキスをデスクに放り出し、紫煙を大きく吐き出しながら
迫ってきた。
「たとえば、そうスペードのAの男とか」
そのジェイの言葉にエリスはまったくとりあう風もなく応えた。
「ともかくエルモを見つけ出します」
煙草を握りつぶしてさらに続けた。
「あなたが5セントだか10セント均一でトランプ一揃いを買って、
侏儒のお友達をかばっていた、なんて情報が捜査線上に浮かび上がって
こないとも限らないのよ、アクロイド、そうならないように身を慎むことね」
「精々身を慎むさ」ジェイはそう応えたが、
エリスはまったく信じたふうもなく緑の瞳を細め、立ち上がってから言葉を返してきた。
「ひとつだけはっきりいっておくけれど、私は私立探偵という人種が嫌いなの、
そいつがエースだったら最悪もいいところね、これ以上首を突っ込むというなら、
あなたの免状がとりけされることも覚悟しておくことだわ」
「怒るとますます綺麗だね」
ジェイの軽口を完全に無視して最後通告を投げかけてきた。
「ばらばらにされてここに放り込まれないといいわね」と。
「どうにもご機嫌斜めだね」
ドアに向かい、ガラスに覆われた部屋の壁の前に立ち止まって
ついつぶやいていた。
「ブラック分署長はここで殺されたんだな」
何の気なしの言葉だったが、
「そうよ、だとしたらどうなの」いらだちを含んだ険のある言葉がかえされてきた、
どうも痛い所をついたらしい。
椅子もあのときのままだろうから……
「でこれからどうするつもり」思いがけない言葉がなげかけられてきた。
「頭の中身を整理する必要がありそうだ」
複雑な笑みを口でかたちづくりながら、右手を銃にあててから、
指三本で握りこぶしをつくり、残りの親指一本を立てて拳銃に見立て、
人差し指をアンジェラ・エリスに向けてから引き金を引くジェスチャー
して、またいらぬことを口走っていた。
「あんたに手をだそうという輩がいたら、まっすぐここに送り込んだほうが
よさそうだな……」と。
一瞬何を言われたか理解できない様子だったが、ようやく合点がいったとみえて
つぶやきがもれきこえてきた……「エース能力を使うということね」
そして悪態がかえされてきた。「とっとと出て行って」と。
そうして部屋をでると、Squad room点呼室に戻っていたカントとマセリークに
顔を合わせまた軽口をかけていた。
「分署長はon the ragあの日なのかい?」と。
二人は顔を見合わせていたが応えず、黙って暑をでるに任せたとみえる。
一端出てから、正面玄関に回って、中に戻り、
ボイラー室の隣りにある薄明かりに照らされた暗がりにあり記録保管室に入った。
中にはコンピューターにXerox Machineコピー機
そして壁際に鉄のキャビネットが据えられていて、ファイルが納められているのだが、
それだけではなく、青白い顔の背の低い近眼の警官が一人いた。
「やぁ、ジョー」そう声をかけると。
ジョー・モーが振り返って、淀んだ空気をかぐしぐさをした。
モーは5フィート以下の背をさらに前かがみにした、太鼓腹で、
マッシュルームのような肌の色の男で、
他に見たこともないおおきく微かな色の入った薄い眼鏡の向こうで、
小粒なピンクの眼を細め、白く毛のはえていない指を神経質に
こすり合わせている。
モーはNYPD最初のジョーカーであり、十数年の間唯一の存在だった。
ハートマン市長の70年代初期ジョーカー肯定政策による後押しで
任命されたものの、物議を醸したゆえ世間の目をひかぬよう即座に
記録室に押し込まれるにいたったわけだが、
当人は表にでるより、裏方の記録業務を好んでいる為気にもせず、
Sergeant Moleモール(もぐら)巡査部長と陰口をたたかれるに
いたっている。
「ポピンジェイじゃないか」眼鏡を直しながらそう応えたモーは、
濃紺の制服に乳白色の肌の色が際立って眼に刺さるようで、
昼も夜もなく、室内でさえ警帽をかぶっているのだ。
「本当か?」
「ああ、本当だよ」
通称Fort Freakフォート・フリーク(奇形要塞:NYPDジョーカータウン分署の
蔑称)においてでさえのけもので、モーと組むものはいない。
非番のときも例外ではなく、クリスタル・パレス
オープンしてからこのかた、そこに入り浸り、けばけばしい
ショーを愉しみながら、クリサリスの目となり耳となって、
本業の10倍の利益をあげている、というもっぱらの噂だ。
「死体を発見したのはあんた一人だったんだな?」
ジョー・モーが念をおしてきた。
「そうとも、まったく難儀な話だな、ジョーカータウンであの人が
無事でなければ、もはやあの街では誰も安全とはいえないだろう」
暗く薄いレンズの奥でまばたきしながらモーは言葉をついだ。
「何かできることはないのか?」
「スペード、エースのファイルが必要だ」
「ヨーマンだな」
「ヨーマンか」
ジェイ・アクロイドはモーの言葉を繰返しながら思案に沈んでいく。
(いつの夜からだっただろうか、感情抑制にたけた人だというのに、
パレスの暗がりでヨーマンという名を口にするクリサリスの言葉が
冷たくなっていったのは……一年いや一年半だったか……)
「憶えている……」とモーが応え、
「あの弓矢の男が殺しをしなくなってからもう一年以上たつというのに
なぜいまさらこんな」
そう続けたジェイの言葉にモーが疑問をかぶせてきた。
「あの男の犯行だと?」
「そうでなければいいと思っている」
ヨーマンは誰にも気づかれず煙のようにバーに入ってきて
弓をつがえ、
ハイラム・ワーチェスターが怒りにまかせてその前に
たちふさがったが、
突然ヨーマンの姿は大気に消え去った。
ジェイ・アクロイドは指差すことでテレポートさせる
ことが可能であり、右手に銃を持ってはいたが、その能力を発揮したのだ。
「殺すこともできたんだぜ……墓に直接テレポートさせる
こともできたというのにホランドトンネルに送っちまった。
くそったれが」
クリサリスに対する声の調子か、
Wyrmワームに向けた嫌悪の目か、
いや盾になろうとしたハイラムに対し、一瞬ためらった自分自身に対する
何かがひっかかっているのかもしれない。
そういえばあいつの傍には、マスクを被り、ひもビキニのみを身にまとった
ブロンドの娘がいたが、
(故意に見逃したわけじゃないと、いや自分で決断してそうしたんじゃないか。
本能的直感にしたがった、というのが一番正しいといえるが、いままでそれで
間違ったと思ったことなどなかったというのに、そうあの夜までは。
その甘さがクリサリスにふりかかったにすぎない、命で購ったと)
「ファイルを調べる必要が大いにあってね」
するとたたくように耳障りでありながら悲しげな声でモーが応えた。
「あのファイルは分署長のデスクにあげちまったよ、当分返してはくれまい、
とはいえコピーはとってある、いつも上に出す前に控えはとっておくことに
している、なくされないとも限らんからな、あんただってどんな些細な情報と
いえども見逃したくはないというものだろ」
そういってゆっくりとまばたきをし、周りを見回しながらさらに言葉をついだ。
「どこにおいたかな?そうともそうしていたところで何の不思議もない」
そういってコピー機の上に視線を向けている。
そこにある書類をフォルダーから取り出し、丸めて
ブレザーの懐に入れて、かわりに20ドルを二枚おいて
言葉を添えた。
「あんたの嗅覚はたしかだったな」
ピンク色の歯茎をむいて笑顔をつくってモーが返した。
「なぁにそうでもないさ」と。
「分署長が原本を戻してきたら、俺の分のコピーはそのときすれば
いいだけだからな」
そうしてジェイがドアを開け出て行くのを尻目に、忙しげに
また書類のファイリングに戻っていたが、
何かを思い出したように声をかけてきた。
「ポピンジェイ」
「何だい?」
「あの野郎をみつけだしてくれ」
色眼鏡を外し、ピンクの瞳をすがるようにゆがめてさらに
言葉を重ねてきた。
「俺たちは協力を惜しまない」そう請け負いながら、
もちろんジェイにはわかっていた、俺たちというのが
警察の仲間ではないということを。