ワイルドカード7巻 その16

        ジョージ・R・R・マーティン
             午前9時


「トーマス・ダウンズという名のレポーターに用がある」
ジェイがそう言うのを受付嬢は疑わしげに見ている。
ロームとガラス張りのデスクに座りなれた生え抜きなのだろう。
受付デスク自体はハイテクに対応した仕様ながら、
<エーシィズマガジン>のオフィスは予想よりも古めかしく、
5番街666にあるビルの二階分を借り切っているが、
ジェイはこれまで地下鉄から眺めるたびに
ペレグリンの睦言を暴くことで荒稼ぎしたのだろう、と思ったものだった。
「ディガーは本日出社しておりません」受付嬢がそう応えた。
受付嬢の後ろの壁には、ジャンピング・ジャック・フラッシュがクローム鋼の
板に焼き付けた<マガジン>のロゴが掲げられていて、
辺りを見回すと、
訪れた名高いエース達の姿が、
ロームの灰皿の中の紫のガラスで象られていたり、
4年間の間動き続けている永久機関の中で回り続けていたり、
真鍮の板に浮き彫りにされている者もいた。
「どこにいけば会える?大事な話があるんだが」
ジェイがそう尋ねると、
「申し訳ございません」受付嬢がさらに続けた。
「そういった情報はお伝えしておりません」
「じゃ誰に聞いたらいいんだ?」ジェイが重ねて訊ねた。
「アポがないと」受付嬢が生真面目に応えるのを、
「俺はエースだぜ」とジェイが茶化すと、
受付嬢が笑いをかみ殺そうとしながらも、失敗しながら応えた。
「そのようですね」
ジェイは辺りを見回しつつ、指で銃のかたちをつくりながら、
長いクロームと革のソファーを指差すと、
<ポン>という音とともにそいつは姿を消した。
(そういえば新しい長椅子が必要だった)
そう考えながら
「俺の姿を真鍮に刻むかな」
そう受付嬢に尋ねると、
「ミスター・ロウボーイならいかがでしょう」
そう言いながら受話器を持ち上げて応えてくれた。


編集部の区画は幾つかの間仕切りで区切られた狭い小部屋が殆どだったが、
大きな個室はちゃんとした壁とドアがあって、ビルの外側に配置されている。
真ん中には窓の無い大きなスペースがあって、
たくさんの華やかな色の鉢植えが置かれ、
ミューザックに乗るように、
身なりの良いスタッフたちがコンピューター端末に向かい忙しく立ち働いており、
すべてが清潔で秩序だっていて、ジェイには反吐が出るように思える。


角にあるロウボーイのオフィスにはコンピューター端末は無くて、
華やかな色もなく、ミューザックも流れてなくて、
木と革が目に入った、そして色のついた大きな窓が二つあって、
そこからマンハッタンの稜線が見渡せる。
ジェイがそこについたときには、
ミスター・ロウボーイはまだそこに着いていないようで、
周りを見回していると、
額に入った写真が壁にかけられているのが目に付いた。
色の薄れた白黒の写真には、
ジェットボーイが、生彩を欠いたノームといった感じの、
萎びた小柄の男と握手する様が映し出されている。
そこでようやくロウボーイが現れた。
「それは私の祖父でして」
そう語り、さらに言葉をついだ。
「祖父とジェットボーイはもちつもたれつの関係でして」
そうしてロウボーイは中指と人差し指をクロスさせてみせた。
ロウボーイは、ジェイよりいくらか背の低い男で、
三つ揃いの白いスーツに、淡い色のシャツに黒いニットタイを身に
着けている。
「どうしてジェットボーイはあんたの爺さんを信用したんだろう」
ジェイはつい尋ねていた。
「ああ、つまりですね、ジェットボーイはお金というものを持て余して
いて、どう使うかなんてことに関心がなかったのです、かつてのエースが
皆そうだったようにね」
そしてようやく手を上げて名乗った。
「私がボブ・ロウボーイです、ディガーを探しておられるとか?」
間を置かずに自分で応えた。
「残念ですが私はお役に立てません」と。
そして首を振りながら続けた。
「ディガーが当社随一のレポーターであることは間違いありませんが、
いわば鉄砲玉でして、昨日コーヒーをオフィスで飲んでからの消息は
私どもにも掴めていない有様でして」
「あんたんとこではそれをどう考えているんだい?」
「心配には及びませんよ」
妙な自信を持ってさらに続けた。
「前もそんなことがありましたが、その時は一週間ぐらい行方をくらまして
いましてね、出社した時にはハウラーの隠し子のスクープを掴んでいましたから」
「そうだといいがな」
ジェイがそう言うと、
「私の秘書にメモを渡しておけば、そいつをディガーに渡すことは可能です」
ロウボーイがそう請け合い、
ジェイはロウボーイに、自分でも探してみると伝えてから、秘書にメモを渡して
しばらく物思いに耽っていたが、
「ミスター・アクロイドですね?」という女性の声で我に返った。
その女性は襟の開いた真っ白のシャツにジーンズ、細かいストライプの入ったグレイの
ベストを着込んだ20代後半といった感じの若い女性で、
標準よりも短めの髪に、丸い眼鏡の縁がちょこんと載っている。
「マンディから長椅子の話は伺いました、あなたはポピンジェイ(めかし屋)ですね」
そしておずおずと片手を差し出してきた。
爪は手早く切りそろえたように見える。
「その呼び方は好きじゃないんだ」
ジェイがそう応えると、その女性は申し訳なそうに応じた。
「ああ、そうでした、あなたのファイルにそう書いてあったのを読んでいたと
いうのに、つい忘れてしまって、失礼をお許しいただけますと幸いです。
私はJudy Scheffelジュディ・シェッフェル、クラッシュと呼ばれています」
「クラッシュだって?」
つい尋ね返していた。
「由来は聞かないでください。
私はディガーの助手を務めているのです、私ではいかがですか?」
そしてクラッシュはベストのポケットから鍵を取り出して、言葉をついだ。
「ディガーのオフィスのキーです、さぁどうぞ」
そうして案内された部屋はロウボーイの部屋の三倍はあって、
エーシィズ誌での彼の待遇が感じられるものだった。
壁がきちんとあり、ドアもあって小さな窓が一つ付いている、そしてしっかりと
施錠されていた。
西側の壁には、いつ雪崩れ落ちてもおかしくないパンパンに詰め込まれた本棚、
窓の傍には、パソコンの載った作業台があってコーナーの一角を占めており、
その隣の壁には掲示板があって、
ジェイの知らない人々の写真が貼り付けてあった。
「誰なんだこいつらは?」
ジェイがそう尋ねると、
クラッシュがドアの方を窺いながら応えた。
「とっておきのエース、という奴のようですね」
そして付け加えた。
「未来のためにとってあるそうです、ディガーが新しい
エースを見つけ出すたびに驚いてはいませんか?
いつも近くにいた、とは限らないということです」
「公表されていないエースということだな。
どうやってエースであることを見抜くのだろう?」
ジェイは写真を眺めながら尋ねた。
「ジョーカータウンクリニックに何らかの情報源が
あるのじゃないかしら」
クラッシュはディガーのデスクの上のメモの類を
どけて、そこの端に腰を下ろしてから訊ねた。
「ディガーは何らかのトラブルに巻き込まれているのですね?」
「そう思うかい?」
ジェイはそう尋ね返して、
載っていたペレグリンのカレンダーの入った箱をどかしてから
回転椅子に腰を落ち着けると、クラッシュが話し始めた。
「昨日の朝のことでした。
党大会の記事をまとめていて、
エースの代議員に対するニュースをソニーのWatckman小型携帯TVで
見ていたのですが、そのニュースの途中でクリサリスの死が
報じられた途端、みるみる青くなったのを覚えていますから」
「二人は親しかったようだな」
そしてジェイは付け加えた。
「あるいは恋人だったのかもな」
「単に悲しんでいただけではなくて」
そしてクラッシュは思い切ったように言葉を搾り出した。
「恐れて、そう恐怖にかられていたようでした。
<行かなくては>そう一言叫んで飛び出していったのです。
私が、<いつお戻りになられますか?>と聞きはしましたが、
まったく聞いていないようで、
後でマンディから聞いたのですが、エレベーターを待つ時間も
惜しいとばかりに階段を駆け下りていくのを見たそうです」
ジェイはディガーがこのまま闇に消えてもかまわない、と思いながらも
できるだけおくびに出さず訊ねていた。
「ダウンズは弓と矢を使った殺しの記事を書いていなかったか?」
「いいえ、エーシィズ誌は単なる犯罪事件を取り上げてはいませんから」
「クリサリスに関して、誰かを恐れている、といった話はしていなかったかな?」
クラッシュは首を振って否定した。
「誰かに関して書いた記事で、特に恨みを買っていた、ということは?」
ペレグリンでしょうね」
クラッシュは即答してのけた。
タキオンが酔って話したことを記事にしたということで、ペレとタキオン
だいぶお冠だったと聞いています」
ドクター・タキオンは、ジェイが腕相撲で勝てるとふんでいる六人の一人にカウント
されているくらいの腕力の持ち主で、
ペリに関しては確証はないとはいえ、アトランタには来ていたはずだった。
「ヨーマンに関しては書いてなかったと?」
クラッシュが頷いて応えたところで、さらにジェイは尋ねていた。
「オーディティはどうだい?」
クラッシュは少し考え込んでから応えた。
「何年か前に記事は書いていました、ディガーは<これでピューリッツアが狙える>と
言っていましたが、ロウボーイが釘を刺して立ち消えになったようです」
「なぜだい?」
ジェイがそう訊ねると、クラッシュはきまり悪げに応えた。
「又聞きですので推測になりますけれど、オーディティがジョーカーだからじゃないでしょうか。
ロウボーイはよく<読者はジョーカーの記事など読みたがらない>と言っているそうですから」
「記事にならなかったことをオーディティが恨んでいると?」
「少なくともディガーが恨まれることはないかと」
ジェイはつい不機嫌な声で尋ねた。
「ディガーが出かけた先に心当たりがないのか?」
クラッシュはまた首を振って応えた。
「私にわかるのは戻っていないということだけです。
6回も留守電をいれましたが、向こうからはかかってきていないのですよ」
「つまり電話には出ていないということだな、まぁベッドの下で震えているということも
ありうるだろうけれど」
(死んでいるということもありうる、血の海に沈んで脳漿を撒き散らしていて、出られない
のかも)
ジェイはそう考えながら、
「確かめた方がいいか」
思わせぶりにクラッシュに視線を向けていた。
「そういやさっき俺のファイルがどうこう言ってなかったか?」
「言いました」クラッシュが察したと見えて即座に応じた。
「全てのエースのファイルがありますよ」
ジェイはパソコンを示しながら尋ねていた。
「あんただったらそいつが見れるんだな?」
「パスワードがあれば、誰でもどこのパソコンからも読むことは
可能です」そして続けた。
「許可がないと、勝手にアクセスしたらクビにされます」
「問題にもならんさ」ジェイは請合っていた。
「ディガーが生きていたら、むしろ感謝されるだろう」
クラッシュは少しの間考え込んでいたが、意を決して立ち上がり、
パソコンを覆っていた埃除けを外し、パスワードを打ち込んでいた。
「Noseだって?」ついジェイは訪ねていた。
クラッシュは肩を竦めて応えた。
「ディガーのパスであって、私のじゃありませんから。
どのファイルをご覧になりますか?」
「クリサリスを殺した相手は怪力の持ち主だろう、
それが可能な相手を先ず知りたい」
「全員だしていたら大変なことになりますから。
テレパシーやテレキネシスを除いた肉体的能力を備えた相手に絞りましょうか?」
「そうしてくれ」
ジェイがそう応じると、クラッシュの指がキーボード上を滑らかに動いた。
「エースだけですか、ジョーカーはどうしましょう?」
「エーシィズ誌はジョーカーを扱わないんじゃなかったのか?」
「エーシィズ誌はそうですが、他の情報源からの情報もあるのです、
例えばSCAREやプレスによる科学的なものや日報のものまでクリップ
されていますから」
「人間の頭蓋を潰せる腕力があるなら、
エースだろうがジョーカーだろうがRutbaga食虫植物でも問わないさ」
「さすがに食虫植物のデータはありませんが」
検索条件を打ち込んでクラッシュが応えた。
「319件ヒットしました」
クラッシュは楽しげに続けた。
「これでも通常の人間よりも腕力が強く著名な者に限られます。
このままプリントアウトしますか?」
「さすがに容疑者が319人もいちゃ扱い辛い。
もう少し狭められないか?」
「わかりました、死者は省いてかまいませんね」
「死者に容疑はかけられんだろうから」
そうジェイが同意すると、クラッシュは打ち込んで応えた。
「302件になりました」
「あまり変わらんな、活動区域とかで絞れないかな」
ジェイは少し考え込んでから己で応えた。
「いや、それじゃ駄目か」
「どうしてですか?」クラッシュが訊ね返してきた。
「それでも70人か80人絞れますよ。
デトロイトティールにシカゴのビッグママ、カンザス
ヘイメイカーとか、それでは駄目なのですか」
「そうだ」そしてジェイは続けた。
「地域じゃなくて、クリサリスに会ったことのある者として
絞るべきなんだ、ビリー・レイとかジャック・ブローンとか
他所の人間も含まれるから」
ゴールデンボーイは確かにそうですね」そして続けた。
アトランタからなら来れますね、ディガーはよくWeenie臆病者と
言ってからかっていましたから」
「言葉尻だけなら除外してもかまわないわけだが」
クラッシュの肩に手を置いたが、クラッシュは気にもしていない様子
だったのでそのまま続けた。
「曖昧な検索条件だが絞れるか?」
「問題ありません」
「よろしい」ジェイはそう応えてさらに続けた。
「犯罪歴や精神疾患の有無、逮捕歴も含めてくれると助かる。
容疑も含めてくれてかまわない・・クリサリスかパレスに関係するならばね・・
ジョーカータウンやその近くに住んでるなら尚いい・・下イーストサイド、
リトル・イタリィ、チャイナタウンにイーストヴィレッジ、その辺りも・・
できるかい?」
「できると思います」そう応えたクラッシュの肩を励ますように揺すりながら
促すと、
終わったとみえて、クラッシュは椅子に深くもたれ、伸びをして応えた。
「これでよし」と。
通信音が響き渡る中、クラッシュが説明し始めた。
「302人からさらに条件のあった人間で容疑を絞りこみます。
逮捕歴、精神状態、クリサリスとの係り、地理的用件の4つで、
そして容疑の強さを横に*印で表してみました」
「いいぞ」
ジェイはそう思わず答え、印刷機から滑りでてきた紙を手にとった。
まだ暖かい紙には19人の名が記されていた。
 
Braun、 Jack         Golden boy          *
Crenson、 Croyd       The Sleeper         ****
Daringfoot、 John      Devil John          ***
Demarco、Earnest       Ernie the Lizard       **
Doe、John           Doughboy          ***
Johnes、 Mordecai      The Harlem Hammer      **
Lockwood、William。Jr、   Snotman           *
Man、Modular         N/A             *
Morkle、Doug        N/A             **
Mueller、Howard       Troll           ***
O‘Reilly、Rahda      Elephant Girl        *
Ray、William        Carnifex           *
Schaffer、Elmo       N/A             *** 
Seivers、Robert      Bludgeon           ***
Name unkown        Black Shadow         **
Name unknown      The Oddity          **
Name unknown        Starshine           *
Name unknown        Quasiman          ***
Name unknown     Wyrm           ****

「いかがかしら?」クラシュの得意げな声に、
ジェイは冷静に応じ、
「まだ始まりにすぎんさ」
そしてリストを見せながら続けた。
「皆ディガーとも係わりがあるのだな?」
クラッシュは紙を慎重に眺めながら応えた。
「そうですね、ビリィ・レイなら、ディガーが
地上最強の男、という記事を書いたときに、
ゴールデンボーイやハーレム・ハマーと比べたら
二軍クラス>、と書かれて頭にきていた、と聞いています、
レイが犯罪に手を染めた、というのは考えにくいですけれど」
そしてパソコンの電源を切って続けた。
「彼もアトランタにいましたからね」
「そうだな」ジェイはそう応えて続けた。
「彼はハートマン上院議員ボディガードだからな」と。
そして紙を丸めて胸ポケットに仕舞い込んで、
さらに訊ねていた。
「ディガーの住所、それと君の電話番号も頼む」と。
役得というものかもな。
そう密かに思いながら。