ワイルドカード7巻 7月20日 午後1時

       ジョージ・R・R・マーティン
        1988年7月20日
           午後1時


呼び鈴が鳴って<Old Mcdonald had a Farm
ゆかいな牧場>のメロディが流れた。
まさに今の気分にぴったりの曲ではなかろうか。
実際何が出てくるか知れたのじゃないのだから。
そこで家政婦がドアを開け「どなたです?」そう声をかけてきた。
ジェイはいかにも愛想がよいという笑みを浮かべ、
「ボブ・ロウボーイです」と言って片手を差し出して、
「エーシィズ・マガジン社から来ました」と言葉を継ぐと、
「まだ誰も帰っちゃいないわよ」家政婦はそう応え、
ジェシカは学校だし、フォン・デル・シュタットさんの
ご帰宅は7時ですから」
「問題ありません」ジェイはそう返し、馴染みの質屋から
持ち出してきたカメラを掲げてみせると、
ジェシカ嬢の小庭園の写真を何枚かいただきたいだけです
から」
その言葉に家政婦は胡乱な目を向けながら、
「ダウンズさんがすでに写していかれましたよ」
そう投げかけられた言葉に、「それが駄目になったんです」
とジェイは応え、「暗室で現像のミスがありましてね」
そう言葉を添えて、腕時計を見つめながら、
「お時間はとらせません、10分程度で済みますから」
そう畳みかけたが、家政婦は表情を曇らせたままで、
「デル・シュタットさんの許可を得なくてはなりません」
そう言い募ってきた。
「それは構いませんが」ジェイはそう応え、
「私とて30分後に別の仕事が入っていますから、道路
状況によっては、写真なしの記事を出すしかないようですね」
そう言い添えると、
「まぁいいでしょう」家政婦はそう応え、
「数分で済むなら済ませて頂戴」と言ってくれた。
「助かります」ジェイはそう言って、家に入ると、
家政婦は上階に案内してくれた。
農場は最上階にあるのだ。
「踏まないよう気をつけてくださいね」
家政婦は頑丈な防火扉の鍵を開きながら、そう釘をさしてきた。
「ダウンズさんは馬の一つを踏んずけにかかりましたからね」
と言い添えて。
「困ったディガーさんだな」ジェイがそう応えたところで、
扉は開かれて、ジェイは驚いて目を見張ることになった。
ディガーの記事に間違いはなかったわけだ。
屋根裏にアイオワの情景が広がっているではないか。
右を見ると、造花の草を食む本物そっくりの牛達がいて、
左を見ると、電流が流れていると思しきワイアーの施された
柵の向こうに、マウスくらいのサイズの牛がいて、他の動物に
比べると、えらく躍動的で大きいのが見てとれた。
「象のようだね」ジェイがそう言うと、
ジェシカ嬢がクリスマスプレゼントに頂いたものですわ」
家政婦はそう応え、
「写真はお撮りにならないのですか?」と訊いてきた。
そこでジェイは家政婦に視線を据えて、
「写真というものはアートなんだ、わかるかい、そうして
見てられると気が散ってならないんだがね」
そう返したのが効いたと見えて、「あら、そうですね」
老女はそう言って、「10分だけですからね」そう言い添えて、
ドアを閉めて出て行ってくれた。
そこでジェイは窓際に広がっている、細かい作りの農場内の
建物を乗り越えて、羊や小型の放牧犬の群れを抜け、豚の群がって
いるぬかるんだ飼い葉桶を通り過ぎ、玩具のトラクターや
プラスチック製の農夫フィギュアの先には今にも崩れそうな鶏小屋
があって、ジェイがそこに近づいていくと、おはじきくらいの大きさの
鶏が羽をばたばたさせくちばしを突きだしていて騒々しいことこの上ない。
動物たちのサイズはまちまちで、あまり厳密に揃えているというわけでは
ないということか。
そんなことを考えながら、干し草の山に囲まれて、その隣には
伝統的な形の赤い屋根の納屋と丈の高い穀物サイロのある小屋の
前に立っていた。
手間を惜しまず作られた懐かしい感じのする木造家屋で、ドール
ハウス並みの可愛らしく精密な代物だ。
ペンキの塗られた雨戸に触って動かすことのできる風見鶏も乗っていて、
窓には本物の布を使ったしっかりカーテンが掛けられていて、張り出した
玄関には小作人が座っていて、プラスチックの娘を抱き寄せていて、
その前にはレモネードの入ったピッチヤーの乗ったテーブルもある。
ジェイは屈んで、指で正面のドアを開け、中を眺めてみると、リビングに
アンティーク調の家具まであって驚き溜息をついていると、小さなコリー犬が
出てきて、乱暴に吠え出したではないか。
Sonofabitch(なんてこった)」勢いよく向ってきた犬に、そう悪態をついて、
「いい子だから」といなしつつ頚を引っ込めて、
「いい子だから、静かにしてくれないかな」と言ったものの、コリーは
まるでジェイが骨でも持っているかのように、吠え続けている。
「ディガー」囁くようにそう声をかけ「そこにいるのだろ?」
そこで上の階の方で何か動いたような音を聞いたように思ったが、
犬がやかましくて確かめようもなくて、三階の窓から中を覗いてみると、
そこは女性用の寝室のようだった。
そこにはレースとフリルが施された天蓋付きのベッドがあって、淡い蒼い
壁紙では蝶が舞っている。
何も動かないはずにしては妙にとっ散らかった室内だと思っていると、
犬は周りを走り回り喧しく、少し考えて、けがをさせない程度に加減して、
指を弾いて脇に除け、腰を上げ、屋根を持ち上げると、
ディガー・ダウンズがそこにいた。
わずか三インチ程度のディガーが床で縮み上がっていて、窓のない
クローゼットの中に入って、人形の服の陰に隠れようとしていて、
ジェイが見下ろすと、ディガーは悲鳴をあげ、弾かれたように階段に
飛んで行って、逃げようとしていたが、ジェイは手を伸ばし、
襟を掴んで持ち上げると、
「殺さないでくれ」ディガーは小さな声でそう叫んでいて、手足を
振り回してもがきつつ、「ああ、お願いだから、殺さないで」と
言っている。
「あんたに手をかけるつもりはないよ」ジェイはそう言って、
「誰もあんたを殺しはしない、ともかくここから出ようじゃないか、
ああ喧しい」ジェイはそう言いながら、コートのポケットにディガーを
放り込んだところで、家政婦が戻ってきて、「ロウボーイさん」と
感情のこもらない声をかけてきた。
「フォン・デル・シュタットさんと連絡がとれました、あなたに
申し上げたいことがあるとのことですよ」そう継がれた言葉に、
「それには及ばない」ジェイはそう応え、
「もう要は済んだから」といったところで、犬が戻ってきて、
ジェイの靴に脚を掛け、ディガーの入っているポケットに向って
吠えたてながらズボンを登ってこようとしているではないか。
「それで俺に何の用があるのだろう」
それでもジェイは悪びれずにそう応えていたのだ。