ワイルドカード7巻 7月20日 午後2時

  ジョージ・R・R・マーティン
    1988年7月20日
      午後2時


  「ハートマンはエースなんだ」
いきなりディガーはそうまくし立て始めた。
「WHOの視察旅行に出る前の記者会見で
そいつを知ったんだ」
「どうやって?」ジェイがそう言葉を向けると、
ダウンズは指で小鼻を示しながら、
「匂いだ」そう言って、
「隠していたエース能力なんだが、ワイルドカード
ならエースであろうがジョーカーであろうが、まだ
発現していないものであろうとも関係ない。同じ匂い
がするからな、芳ばしく甘い匂いで、ナットにその
匂いはない。これには間違いない。鼻が知っている
からな。こいつで特ダネを掴んできたんだ。
その鼻が掴んだんだよ、グレッグが、嗚呼なんたることか、
アメリカの上院にエースが潜んでいて、そいつがホワイト
ハウスに入るというのが視野に入っちまっているときたものだ!
そこで疑問を持ったんだ、もしクリサリスもその情報を得たと
したなら、仕事で会うことが何度もあったがその際に話題にでも
なっただろうか、まったく話題に上らなかったから、ともかく
そのままにしていたものだった。ギムリがあんなことになるまで
は」
ギムリだって?」ジェイは疑わしく思いつつそう突っ込んで、
「ハートマンが関わっている証拠もないじゃないか」と言いつつも、
ギムリがハートマンを嫌っていたのは公然たる事実だ。
そう考えていると、
「わかっている、わかっているとも、まぁともかく聞いてくれ、
こう考えればつじつまがあうんだ、去年帰国する数週間までに、
ギムリは秘かにクリサリスに会っていたのじゃないだろうか。
シリアで、ヌールが姉に喉を掻き切られたときに、あの黄金の
卑怯者に当たった弾丸の一つが跳弾して、グレッグの肩に当たった
ことがあった。
そいつは肩を貫通したらしいが、そのときにジャケットを脱いだ
のは間違いないんだ。そのジャケットはどうなったのだろうか。
そいつをギムリが手に入れて、クリサリスに渡したとしたら
どうだろうか。
なぜならあのジャケットはハートマンの肩から流れた血が染み込んで
いただろうから」
ギムリはシリアにはいなかったよ」ジェイはそう指摘して、
「ベルリンにいて、ハートマンの誘拐にもかかわっていたのじゃ
なかったかな、そこでじゃどうにもならんだろ」そう言葉を継ぐと、
「ミーシャからだとしたら」ダウンズはそう言って説明しだした。
「あんなことをした後に、思うところがあったのじゃないかな、
それでジャケットを隠しておいて血液検査をしようと考えたらしい。
グレッグ上院議員がエースだと言っていたという証言を何人かから
受けているんだ。
だから秘かにアメリカに渡って証言しようとしていたらしい。
そこでギムリと手を組んだという話だ」
ジェイはそう言ったわずか3インチのリポーターに疑わしいと
いう表情を向けながら、
ギムリと組んだと?」そう言葉を返すと、
「あのギムリか?もしトム・ミラーのことだとしたら、
あの嫌らしい性根の口から出まかせを言いふらすジョーカーの
侏儒のことか?確かヌールの支持者はジョーカー嫌いで知られて
いなかったか?違ったかね?」
「そうだ、そうとも、連中にとっちゃ忌まわしい怪物、ときたもの
だからな、どうして手が組めたかは知らんがね、おそらく誰にも
信じてもらえない共通の敵に復讐するためじゃないかな。
だからギムリはクリサリスにジャケットを渡して、その事実が
公表されることを望んだんじゃないかな、もちろんクリサリスが
そいつを信用したかどうかは別の話だがね」
「確かに胡散臭い話だが」
「そうか、まぁいいさ、路地で見つかって剥製にされてダイム・
ミュージアムに飾られていては文句もいえんだろうから。
ともかくクリサリスは血液検査をして、確証を得たのじゃないかな。
ジャケットから検出された血液型にせよ、ジャケットのサイズに
せよグレッグのものと一致しただろうし、その検査でワイルドカード
検出されたから、口を封じられたのじゃないだろうかと考えたんだ」
「それじゃなんであんたは黙ったままでいるんだ?」
ジェイがそう言い返すと、
ダウンズはいかにもうなだれた様子で、ホトキスの上から降りて、
腕をズボンのポケットに突っこんだまま、落ち着かなげにピザの
周りを一回りしてから立ちどまり、意を決したようにジェイを
見つめ、
「まぁいいじゃないか、それぞれ事情というものがあるものさ、
クリサリスにしたらとばっちりもいいところだ、なんせあの方は
ハートマンが告発されることなど望んじゃいなかったのだから。
次の大統領への梯子にどっちが脚をかけるかぐらいしか関心は
なかったんじゃないかな。
俺にしたところでそんなところだ。
もちろんそいつを記事にできたら話題になりはするだろうし、
もしかしたらピューリッツア嘗でもとれるかもしれないにしても、
今そんなこと言ったとしても誰がそいつを本気にするだろうか?
それなら他にいい方法があるのじゃないかと考えたんだ。
大統領には主席報道官というものが必要になるだろうとね。
僕ならそれができるだろう、それなら些か自尊心も満たされる
だろうし、タキオンの酒をつき合って、その口からスキャンダルを
聞き出そうともしなくてよくなるだろうし、そうなればエーシィズ・
ハイに指定席だって持てるかもしれないじゃないか」
そこで切なげに溜息をついてから、
「それにだよ、ハートマンがエースだとして、マインドコントロール
だか何だか、そういう類の能力を持っていたとして、カーヒナにそいつを
使って、弟の喉を切り裂かせたとして、それが何だと言うんだ?
別に自分の喉が切り裂かれたわけじゃない、そうだろ?第一ヌールに
よって皆殺しにされかけていたんだから」そう言ったディガーに、
「それじゃハートマンが善人だと思っているのか?」
ジェイがそう指摘してのけると、ダウンズは頷きながら、
「クリサリスと僕はあの人に会った」ダウンズは憂鬱そうに
そう言って、視線を逸らしてオーラル・エーミィのいる
方向にぼぉっとした視線を向けながら、
「あの時までなんとかなるのじゃないかと思っていたんだ。
勿論それは間違いだと悟ったわけだがね」そう口に出していて、
「グレッグとマッキィ・メッサーがあんなものを見せたからにはね、
ハートマンは全て知っていたんだ。どうしてだか僕は知らんがね。
あの背の盛り上がった男がカーヒナを捕えていて、裸にひんむいて、
血まみれになりながら、ass後ろを陵辱してのけた。
ずっと<マック・ザ・ナイフ>のメロディを口ずさみながら……」
そうして全て終わってから、壁をすり抜けて出て行ったんだ」
そうして身震いしながら語り終えたダウンズに、
「ハートマンに脅されたんだな、その殺し屋であんたとクリサリスを
処分することができると」そう返し、
「そうだ、殺さなくて済んだ方が都合がいいとも言っていた。
そして監視がついていることも匂わせて、わざわざその死体をクリサリスに
処分させて、もしわずかな兆しでも報道されたなら、自分にはエース能力が
あって、マッキィをさし向けることができると仄めかしていた……」
「それで口を噤んだわけだ、Shit(くそったれが)」
そう悪態をつきながらも考えていた。ディガーの言った通りかどうかは
わからないにしても、クリサリスはそうやって行動を制限されることを
嫌がったのではあるまいか。
あの人ならばそんなに容易く懐柔されなかったのではあるまいか、と。
「あんたはその場にいなかったからそんなことが言えるんだ!」
ディガーは叩きつけるようにそう言っていて、
「ハートマン子飼いの革ジャケットを着たあの小僧は壁をすり抜けて
くるんだぞ!後から調べたんだが、あいつはドイツ人で、ベルリンで
ハートマンを誘拐したギャングの一員だったらしい、そこで手懐けられて、
House pet囲いものにしたらしい。
4人のギャングは10片のSushi肉片にされていたそうじゃないか。
おそらくインターポールはまだあいつを追っかけているだろうな」
「警察に言えばいいじゃないか」
ディガーは自嘲的に笑いつつ、
「ああ、そうだな、それもグレッグの耳にも入らないよう祈りながら
そう言うのか?しかもだよハートマン自身こころが読めるか、それが
できる奴を使っているのにか?それにだよ、誰も信用できないのに、
クリサリスはヨーマンならなんとかしてくれると考えていたんじゃ
ないかな。まぁ実際連絡もつかなかったみたいだけれどね。
まぁお蔭で僕もヨーマンも無事に済んだわけだけど」そう言ったディガーに、
「クリサリスは死んだよ、月曜にね」ジェイはそう告げていて、
ジョージ・カービィという名に覚えはないか?」そう言葉を被せると、
ディガーは首を振って、
「何も聞いちゃいないよ、結局僕は信用されていなかったんだろうな」
そう返された言葉を聞きながらジェイは考えていた。
真実を知っている人間は限られていて、あの人を出し抜ける人間など
限られているにしても、もしディガーが真実を口にしたなら、あの人は
出し抜かれたことになるし、ことを急いだのではあるまいか。
ともあれ動くタイミングを見定めているうちに、オフィスで襲撃されて、
死体にされたわけだが、だとしても、なぜ月曜なのだろう、ハートマンか
どうかわからないにせよ、なぜそれまで手をこまねいていたのだろうか?
「あのジャケットだ」ディガーはそう言って、指を鳴らしてみせて、
「あれをもっていて、どこかに隠していたんだ。
おそらくそれがあの人にとって、命の保障となっていたんだろうな。
あの人は手詰まりだと言っていたっけ。
もしどちらかが全て暴露したなら、殺されるだろうし、ハートマンも
見張っているだろうから互いに何一つ得るものはないことななる。
ジャケットがあったところで使えないときたものだから」
「そういうことになるか」ジェイはそう言って、
「それでジャケットはどこにあるのだろう?」
「きっと安全な場所だろうな」ダウンズはそう応え、
どうしようもないった風に肩を竦め、
「あの人ならそうしただろうな、誰も信じていなかったのだから。
ところでクローゼットの中はあらためたのか?」そう継がれた言葉に、
「いいや」とジェイは応え、ブレナンの話していたことを思いだし、
「だがそこを探していた奴なら知っている。オーディティを知っているか」
そう言い添えていたのだ。