ワイルドカード7巻 その19

          1988年7月19日
            午前11時 

           ジョン・J・ミラー



ブレナンはヘアリーズ・キッチンで卓についている。
手にもったカップからも時々わずかにしか口にしておらず。
それから注文をだそうとせず何度もその前を通りすぎる
ウェイトレスの苛立ちまみれの視線にさらされながら、
その前には新聞が数誌散らかったままだ。
クリサリス殺しの記事を探していたのだが
だいぶ後ろの方にその記事はおいやられている。
アトランタの政治紛争によって脇にのけられたといった
ところか。
ジョーカーの権利擁立が党の要綱にのるかどうかが争点に
なっているらしい。
バーネットがいかにも聖人ぶった連中を率いてハートマン陣営と
もめていて、
まったく見通しのつかない状態になっている。


もはやクリサリスの死などは古いニュースに成り果てているのかもしれないが。
Jokertown Cry<ジョーカータウンの声>誌のみが
一面で事件を取り扱っている。
現場に向かおうとしている警官の写真付きで、
ジョーカータウンからからはハーヴィー・カント、そして
そのパートナー、トーマス・ジャン・マセリークだ。
ブレナンはカップを下ろして、
厳しい表情のままウェイトレスから視線を外し、
荒く写った写真に焦点を結ぼうと写真に目を近づけた。
それはクリスタルパレスの外で写された二人の写真であり、
左側の背が高い鱗に覆われた爬虫類風の男は、
かつてやりあったシャドウ・フィストにいたワームという男を
思い起こさせたが、
隣の男、マセリークに視線を移し、
己に言い聞かせるように頷いてから、
卓を離れ,
レストランの奥にある公衆電話の前に立ち、
ジョーカータウン分署の番号を回した。
つながるまでにしばらくかかったが,

「マセリークです」
よく通るが疲れの滲んでかすれた声が向こうから応じてきた.

あの男に違いない。
ブレナンはその声を15年ほど前にも聞いたことがあったのだから。
いまでもそのときのことを思い出すと、
墓に葬ってきた闇がつきまとっている。
マセリークはあの闇の中、ベトナムにいたのだ。
「久しぶりだな」ブレナンが静かにそう切り出すと、
短い沈黙のあとに、
ようやくギアのかみ合ったような声が返されてきた。
「誰だあんた」
「ブレナン、ダニエル・ブレナンだ」
「ブレナンだって」
「俺だよ」
「Christ本気か、あれから随分たつが、懐かしくなって旧交を
暖めたくでもなったか?」
「まぁそんなところだ・・」そして言葉をついだ。
「話がある」
「何のだ、昔話でもするのか?」
「クリサリス殺しのことだ」
「あんたに何の拘わりがある」
「個人的なものだ、俺の友人だった」
「あんたに係ると何でも個人的な話になっちまうんだな、
まぁいいさ、でどこで話す?」
そこで少し思案することになった。
マセリークから情報を聞き出したいが、
マセリークは常に口が重いというタイプではないにしても、
いささか気の短いところのある男だ。
たとえ話がこじれて癇癪を爆発させても気まずくなるような場所がいいだろう。
<エーシィズ・ハイ>で昼飯というのはどうだろう?」
「そいつは警官の稼ぎでは高すぎるな」
「俺のおごりだ」
「ならば断る理由はないか」
そう返されてきたのだ。