ワイルドカード7巻 その21

           ジョン・J・ミラー

             午後1時


ブレナンは<エーシィズ・ハイ>に入ったことはなかったが
悪くない場所だ。
古い友人が旧交を温めるにはもってこいの場所といえるだろう。
実際そこで話すのが殺しや後ろ暗い事柄であったとしてもだ
マセリークもそう思ってくれたらいいのだが。
ブレナンは一杯飲みほして、おかわりを用意しようと近づいてきた
ウェイターを手で静止して、パッと見いつも通りの忍耐強さを
発揮し続けているように思えるが、その内心はレオ・バーネットの
動きに一喜一憂するジョーカーのごとき緊張が潜んでいるのが
見て取れる。
マセリークは頼りになるタフな男で、ベトナムで一緒だったときも、
ほとんど囁く程度しか口にはしなかった。
もちろんブレナンも長距離偵察部隊を率いていた際でもそうだった
わけだが、
ベトナムではそれで妙な噂が立ったこともあったほどだ。
ブレナンはウェイターがマセリークをブレナンのいるテーブルへ
案内してきたところでマセリークであることに気が付いた
小柄な男ではあるが、ブレナン同様に無駄な動きのない優雅と
いっていい動きをするのが見て取れる。
髪は薄く暗い色合いで、青白い肌に鋭い菫色の瞳な男で、この男を
見ていると、ベトナムで味わった苦い感情が思い返されてならない。
Helloこんにちは、Captain(キャプテン:陸軍では大佐、
警察では警部の意味となる)」
滑るように目の前に姿を現したマセリークにそう声をかけると、
マセリークは幾分驚いた顔をしてブレナンを見つめて、
「その貌はどうした?」と言葉を返してきた。
そういえばブレナンはシャドウ・フィストに潜入する際にタキオン
頼んでアジア系の東洋人的な貌に整形してもらっていたのだった。
マセリークにはあの時以来会っていないから当然か。
「この目はね、キャプテン、今はアジア系がはやりだということに
しておこうか」
マセリークは納得していない様子ながら腰を下し、
「それに俺はまだLieutenant(警部補:陸軍では大尉の意)だよ」
そう零したが、ブレナンはそれに頷いて応え、ウェイターを手ぶりで
示すと、
「主役はあんただ」そう応えたマセリークに、
「それじゃTullamoreタラモアを二つ、アイスで頼む」
「畏まりました」そう言って軽くお辞儀をしてウェイターがいなく
なって、そのウェイターが飲み物をもって戻ってくるまでどれほどの
時間がたっただろうか、ただ沈黙だけが流れていたのだ。
「ご注文はおきまりですか?」ウェイターがそう言って前屈みでペンを
握ってパッドに押し付けていたが、マセリークはメニューを開きもせず
blackend redfishブラッケンド・フィッシュが絶妙なんだってな、
もっとも警察の給料では縁のない代物だがね」
「畏まりました」ウェイターはそう応えてから、ペンを握ったまま幾分
伏し目がちにブレナンに視線を投げかけながら、
「そちらはいかがいたしますか?」と声をかけてきた。
「シーフードサラダを」そう応えると、
「畏まりました」とウェイターは言ってメニューをまとめていなくなって
いた。
マセリークは一口グラスに口をつけてから、それを横にどかして、
「それで要件はなんだ?俺達はジャングルでCharleチャーリー
ベトナム解放戦線)とやりあった昔話に花を咲かせるといった
類の人間でもあるまいに・・・」そう口を開いたませりーくに、
「クリサリスの殺しについてだ・・」と告げていた。
マセリークは嫌な顔をしつつも「それがあんたに何のかかわりがある?」
そう聞き返したマセリークに、
Lovers大切な人だった」
そう応えると、マセリークは顔を上げて、
「クリサリスにゃそういう相手がたくさんいたと聞いている、あんたは
嫉妬に狂うというタイプじゃないと思っていたがね」
「勿論俺じゃない・・・」ブレナンは感情のこもらない声でそう否定して、
「そもそも俺が殺したならば話を聞く必要などないというものだ」
「俺にはわからないな」マセリークはそう言って
「他の人間に注意を引き付けるためかもしれんさ」
そう続けられた言葉に、
「弓矢を使う殺し屋が最有力の容疑者というわけだ」
と言葉を被せると、
「死体の傍には例のカードがあったと聞いている」
マセリークが注意深く言葉を選びながらそう囁いて、
「いつものカードとは違ったという話だ、どうやらクリサリスが使っていた
骨董ものなカードらしいんだ」
ブレナンがパレスに押し入ったときの様子を思いだしながら頷いて、
「他のカードはみつかっていないと」そう言葉を被せると、
「その通りだ」マセリークはそう応えてから
「どうしてあんたがそれを知っている?」と返された言葉に。
ブレナンは笑みを浮かべてみせながら
「確かジェイ・アクロイドだったかな、今朝パレスにいた男は」
そう話を向けると、
「その通りだよ」マセリークはそう応え、
「あの男が死体を発見したんだ」
「そいつはどうしてパレスにいたんだ?」
「そう矢継ぎ早にきくもんじゃないぜ」
「第一警察には警察のやりかたがあるからな」
「俺には俺の正義がある、それに基づいて裁くまでだ、もちろん警察が
先に見つけることもあるかもしれないが、俺が見つけた場合には、と
いうことだ」
そこですぅっと言葉を切って肩をすくめてみせると、
「おい、ブレナン」マセリークはブレナンに指を突き付けて、
「それは法を超える行為だぞ」と言い出したが、
「そっちにはそっちの流儀がある、それだけの話だ」
そう言い放ったブレナンの言葉は断固たるもので、
「適当なところで切り上げるから、そっちに迷惑はかけることは
ないだろう」
そう継がれた言葉にマセリークが何か言い返そうとしたところで、
ウェイターがやってきて二人の前にプレートを並べ、
「ご注文は以上でしょうか?」と声をかけてきた。
ブレナンは一瞬マセリークに視線を向けてからウェイターに
頷いてみせて、
「今のところはこれでいい」と返すと、
「それではごゆっくりどうぞ」と言い残し、ウェイターは
足早にその場を離れていった。
「さてそれでは応えてもらおうか?」
ブレナンが柔らかく宥めすかすような声でそう促して、
「誰かいたんだったな」と言葉を被せると、
マセリ−クはしばらくその顔をみつめていたが、ようやく溜息を零しつつ、
「まぁいいさ、その私立探偵が言うにはボディガードに雇われたんだそうな、
実際不首尾に終わったわけだがね」
考えに沈みながらシーフードサラダをつついているブレナンに、
「それで」とマセリークが言い出して
「そっちの情報はないのか?」と促され、
「オーディティを調べることだ、男か女かもしれない奴だが、昨日の晩に
クリサリスの寝室にいて何かをしていたからな」
ブレナンがカニをつついているところを眺めやりながら、
「それであんたは何をしていたんだ」と言葉を被せてきたマセリークに、
ブレナンは首を降って応え、
「疑いを晴らす証拠は何もない、今のところは、だが……」
そういって視線を外してカニを口に入れ齧り始めたブレナンに、
「警察を甘くみるものじゃないぞ」
マセリークはそう声に出したものの、
「食べたらどうだ」そうはぐらかされて、
マセリークは頷いて、魚を切り分けながら、
「そうさせてもらおう、とびっきりの魚だからな、まさに極上というやつ
だろうから」
そうして食べているうちに言葉も少なくなっていて、何か話はしたものの、
互いに考えに沈み込んでいたのだった。
そして食べ終わった頃を見計らってデザートの注文を取りに来たウェイターに
そいつを断って、ブレナンは紅茶を頼んでいて、
立ち上がりかけたマセリークに「また連絡する」とブレナンは言葉を被せ、
「早まった真似をするなよ」と忠告してきたマセリークに、
頷いて応えたところにウェイターが表れて、ティーカップをおいて
離れていった。
ブレナンがカップを持って口につけたところで、
ソーサーの下に何かメモのようなものが挟まれているのに気がついた。
そこには子供の手で書かれたような乱暴な文字が小さく書かれていて、
「シャドウ・フィストの隠れ家について知りたいならば」
と口にだしていて、
Stoney Brookストーニィ・ブルック8800番地、Glenhollow Rode
グレンホロウ・ロードに行くといい、だが用心することだ」
読み終わったところで周りを見回してみたがそんな酔狂な真似を
したと思しき奴は見当たらないが、後をつけてきた奴がいたに
違いない。
もしくは心を読んで先回りしていたか、
そう考えて戦慄と覚束ない感覚を覚えながらも、
狩人が狩り出されたということか、
そう呟いて再びメモを見つめ、勿論署名などされていないわけだが、
子供じみたふざけた小さな字を書く奴で、慌てて書いていったという
ことが何かのヒントになるだろう。
ブレナンは支払いを済ませながらも、己に言い聞かせていたのだ。
敵ではあるまいが用心するにこしたことはない、と。


Captain(警部:大佐)
Lieutenant(警部補:大尉)