ワイルドカード7巻 7月21日 午前4時

      ジョン・J・ミラー
      1988年7月21日
        午前4時


不意にそこで相手を間違えていたことに気付き、身を
翻して、墓地を囲む途切れた壁に手を伸ばし、上から掴んで、
身体を持ち上げると、墓地の門の前に停まった車の
フードにもたれるようにして煙草を吹かしている
フェイドアウトが確認できた。
そこでブレナンは顔をしかめつつも、弓をつがえ
それを放つと、フェードアウトは弓がフードを
貫いたのみならず、エンジンにも深々と刺さって
いるのに気が付いて、
Jesus Christ(なんてこった)」と呻き、
しばらくエンジンをみつめていたが、ようやく
振り返って「ヨーマンだろ?」と声をかけてきた。
「ドラゴンを引かせるんだ」ブレナンがそう言い放って
応えつつ「さもなければ次は目を貫くことになる」
そう言い添えると、フェードアウトはようやく慌てだし、
「これは脅しではない」ブレナンがそう叫び、弦に指を
かけながら、炸裂弾を取り出し、弓につがえ、目の前の
獣に備えつつ、狙いをフェードアウトに変え、弓を放てるように
したところで、シャドウ・フィストの幹部は折れたようだった。
「わかった、わかったよ、実際偵察させておきたかった
だけだからな。ドラゴン、身体に戻るんだ!今すぐに」
そう叫ぶフェードアウトから視線をドラゴンに据えていると、
目の前で捩れ、萎み始めたかと思うと、複雑に折りたたまれて
いって、小さな紙片になったかと思うと、夜の大気に吹きとばされて
いった。
それから少し経ってから、車の後部座席からレージィ・ドラゴンが
出てきて、フェードアウトの横に来て立っていたのだ。
ブレナンは弦にかけた指から力を抜いて、
「いいだろう、門から入ってくるといい」そう呼びかけて、
「もはや駆け引きは必要あるまい、話があるのだろ」と
ことばを添えると、フェードアウトとドラゴンはしばらく
目を白黒させて互いを見交わしていた。
フェードアウトの方が年嵩で背も高く、身なりがよく、
高価なスーツを着ているように思える。
一方ドラゴンはというと、若い東洋系の男で、
小柄で華奢な体つきに思えるが、どちらが危険な
エースかと言えばドラゴンの方だが、ボスはフェイド
なのだから、その思い通りに動くのだから、フェイド
アウトが危険だと言っても差し支えあるまい。
ブレナンがそんなことを考えていると、
「障害を慎重に取り除いたところで責められるいわれは
ないだろ」フェードアウトはそう言って、
「第一あんただってタキオンのクリニックでフィストの
構成員を殺したじゃないか」ブレナンが壁から飛び降りて、
「そんなことを実際気にしているのか?」そう言葉を向けると。
「気にしちゃいないがね」フェードアウトはそう言って認め、
辺りを見回しつつ、微かに身震いしてみせながら、
「どちらかといえば、こんな罰当たりな場所で会う方が気に
なるかな、あまり気分は良くないと言っていいかな」
「ここには闇と静寂があり、身も隠せる。それで充分という
ものだろう」ブレナンはそう応えつつも、つまらない会話を
続けることじたいにうんざりしてきていた。
「クリサリスの話をしよう」そう言葉を向けたところで、
フェードアウトがレージィ・ドラゴンに視線を向けたが、
ドラゴンは無表情なままだった。
「あんたがクリサリス殺しの犯人を捜している噂は耳に
入っているよ。スキッシャーズ・ベ−スメントでひと騒動
やらかしたそうじゃないか。気の毒にブラジオンの評判は
地に落ちたとも聞いてるよ」
「何も変わらんさ、それがブラジオンというものだ」
フェードアウトは頷きつつ、
エイズで死にかけてるそうだよ。俺はそんな境遇は
ご免被りたいが、同情するつもりもない。
いけすかない乱暴者が、いけすかない憐れな男に格下げ
されただけだからね」
「ブラジオンの病歴などを話しに来たわけでもあるまい」
「いかにもその通りだよ、手を貸そうじゃないか」
「どういうことだ?」
「つまり、クリサリス殺しの犯人探しに協力しようと
言っている」
「いいだろう」ブレナンがそう応えつつ、顎に手を
やって思案しつつ
「その見返りは何だ」と言葉を返すと、
フェードアウトは肩を竦めつつ、
「俺が望んでいるのは他でもない、キエンを何とか
したいということだ……」
それに対しブレナンは微かに微笑んで応じると、
「あんたが奴にどういった含みがあるかは俺は
知らんがね」フェードアウトはそこで言葉を切ってから、
「いい方に思っちゃいないことはわかっている。
俺にとっちゃそれで充分というものだ。
つまりだな、俺はシャドウ・フィストは新しいリーダーの
元でならましになるのじゃないかと思っているんだ」
そこでブレナンはレージィ・ドラゴンに視線を向けながら、
「それであんたは副代表にでも就任するのか?」
と言葉を向けると、
「出し惜しみをするつもりはない」とフェードアウトが応え、
「手を組めるなら、レージィ・ドラゴンには充分な見返りを
用意するつもりだ。もちろんそれはあんたに対しても同じだと
思ってくれていい」
「俺が必要としているのは」ブレナンはそう言って、
「情報のみだ」と言葉を継いだ。
「例えばどんな?」
「ワームがクリサリスを殺したのか?」
「どうだろう、俺はその件に関しては門外漢だからな」
そう言って、首を振ってみせているフェードアウトに、
「そういうことか?」そう言って応じると、
「そういうことだ」フェイドアウトも慎重に言葉を選びながら
そう応えると、
「わかっていることは、かっとしやすい男で、キエンに
忠実だということぐらいだろう。
クリサリスも当然キエンがフィストのボスだということぐらい
知っていただろうが、それに対しては静観の構えを崩しちゃ
いなかったと思っていたがね。
もし何かを別に掴んで、キエンを脅迫しようとでもしたなら、
ワームが独断で動いた、ということもありうるかもな」
「例えば、キエンが新しいドラッグを売り出したというような?」
「耳が早いね」フェイドアウトはそう応え、
「俺達の新しい脳に効くキャンディのことを言っているんだな?」
「そんなところだ?」
「ひょっとしたらクリサリスが何か掴んだならば……」
「ワームが殺したこともありうると?」
フェイドアウトは肩を竦めて返して、
「根拠はないよ、もしかしたら、というだけなんだがね」
ブレナンは頷いて返し、
「そうか、覚えておこう」と答えると。
「一ついいか?」フェイドアウトは踵を返しそこから離れようと
したブレナンにそう声をかけてきた。
「クリサリスの隠しファイルの噂を聞いたことはないか?」
「隠しファイルとは?」
「情報の痕跡とでもいうのかな?クリサリスの集めたこの街中の
情報がどこかにため込まれていて、警察もパレスでみつけられ
なかったものがあるという噂がある。警察もそれを探していると
いう話だ」
「そんなものを見つけてどうするんだ?」フェイドアウトは微笑んで、
「クリサリスに成り代われるということだ」と応えたところに、
ブレナンはかぶりをふりながら、
「欲の深いことだな、キエンに成り代わりたいといいながら、
今度はクリサリスに成り代わりたいと言い出すとは……」
と言葉を返すと、フェイドアウトは肩を竦めて応じ、
「貧乏性だとは思っているよ」と応えた。
「まぁいいだろう」ブレナンはそう言って、
「監視を怠らなければ済むことだ。俺が見張っていることを
覚えておくといい」
「それでいいさ」フェイドアウトは笑顔でそう応え、
「精々クリサリス殺しの犯人狩りを愉しむといい。
そこにキエンが絡んでくるなら、俺も手を貸すことにするよ」
「いいだろう」ブレナンはそう応えると踵を返しかけ、
一度立ち止まって振り返りフェードアウトとドラゴンを
見つめつつ
「聞き忘れていたが、ダグ・モークルというエースの
噂を聞いたことは?」
フェードアウトとドラゴンは互いを見交わしながら、
「いいや、何か関係あるのか?」と応えた言葉に、
「どうだろう」ブレナンはそう応えつつ、
「容疑者のリストに挙がっているが、依然として
不明のままなのがこの男だ」
「モークルか、聞いたことのない名だが、まぁ
調べてみるよ」それにブレナンは頷いて応じ、
再び踵を返し、闇に紛れていった。
ラジェーターに空いた穴から路上にこぼれた
緑色の液体をみつめて途方に暮れたフェードアウトと
ドラゴンを置き去りにして……