ワイルドカード7巻 7月19日 午後2時

      ジョージ・R・R・マーティン

        1988年7月19日

          午後2時


フォート・フリークの監房には特別な相手に対する
特別な檻というものがあるとみえる。
エルモの収監されているのは窓がない鋼鉄の扉のみ
がある小部屋で、
扉にはそこから出ようと試みたと思しき拳の跡が
いくつも見受けられる。
中に入ると、エルモはベッドに腰かけて脚をぶらぶら
させていたが、両腕は見たこともない大きな手錠で
繋がれていて「特注品だ」とマセリークが説明して
くれた。
「普通より腕っぷしが強い犯罪者向けのやつさ・・・」
マセリークは強面で乱暴な悪役の警官を演じているときの
声を出している、どうやらカントと役割を変えることが
あるようだ。
「外してくれないか?」ジェイはそう頼んでみたが、
「そこまではしてやれんさ」マセリークはそう返し、
「10分だけの話だからな」そう言って外に出て、
鍵を閉めて離れていった。
その足音を聞きながら、
ようやくエルモは顔を上げ、
「ポピンジェイ(めかし屋)」そう声をかけてきた。
エルモの身長は4フィートしかないが横に広く、
手足は短いががっしりしていて筋骨隆々という言葉が
相応しい偉丈夫だ。
「黙秘を続けていると聞いたがね」
「何も話すことはないからな、弁護士の連絡待ちと
いったところだ、ところでお勧めの弁護士はいないか?」
Dr.Pretorius法学博士のプレトリウスさんなんか
どうだろう?」
「有能かね?」
「幾分気難しくはあるが、何件も無実の罪を晴らした実績が
ある、有能な男だよ」
「俺がやったと思っちゃいないのか?」
ジェイは便座に腰かけて、
「あの人に敵は多いがね、エルモ、あんたはそれに含まれては
いないだろ、確かに俺は予備の護衛に雇おうとはしたが、
それは下の階で雇っている人間相手とは俺には思えなくてね」
侏儒は激しい痛みを感じたかのように表情を歪めながら、
「俺はあの人のボディガードだった」そう口にして、
「数年の間あの人を守ってきた、それなのに俺はあの時あそこに
いてやれなかった、俺の責任だ」
「どこに行っていたんだ?」
エルモは己のごつくたこのできた指先を見つめながら
「あの人から使いを頼まれたんだ」そう継いだ言葉に、
「それならあんたの責任にはならんだろ、別の用事があったん
だろうからな、でどんな用事だったんだ?」
エルモは首を降りながら、
「駄目だ、話せない、あの方に頼まれたのだから」
「もう死んでいる」ジェイはそう口を挟んで、
「それが原因であの人が殺されたとするならば、話すことは
ジョーカータウンのためにもなるというものさ、アッティカ
ジョーカーがどんな目にあっているかしったらそんなことも
いってられんだろうて、話すんだエルモ、俺でもできることが
あるかもしれないだろ」
エルモは独房を見渡しながら、
「中のわからない封筒と航空便のチケットを倉庫まで持って
いっただけだ」そこで一端言葉を切ってから、
「すぐに済ませてパレスに戻ったのに警察が駆けつけていて、
大騒ぎになっていた、何が起こったかはわからなかったが
まずいことになっているのはわかった。
実際どうなっているかはラジオで聞いて、街を出た方がいいと
決めたんだ、もはや戻っても手遅れというものだろうから」
「誰と会ったんだ?」そう言葉を向けると、
エルモは拳を握りしめ「わからない」と応え、
「どんな奴だった?」そう訊き返すと、エルモは拳を開いて、
「暗くてマスクを被っていたんだ、黒い熊のマスクで、歯を剥いた
やつだ」ジェイは表情が曇ったのを自分でも感じながらも、
「強そうだったか?」と言葉を返すと、エルモは笑いながら、
「腕相撲をしたわけじゃないからな、封筒を渡した、それだけだよ」
そこで沈黙が流れて、エルモは指を開いたり閉じたりして見つめて
いたが、
「何かないのか?」そう言葉を向けたが返事はなくて、
「おいエルモ頼むよしっかりしてくれ、10分しか話せないんだからな」
侏儒は一瞬表情を失ったままジェイの顔を見つめていたが、
ゆっくりと頷いてから目を逸らし「そうか」エルモはそう言って
「いいだろう、抵抗はあるが、あの人も……」
エルモはそこで言葉に詰まったが、
「話すなとも言ってなかったからな、勿論いう必要がないと
考えていたということだろうし、喋るべきでないことを俺も
弁えているつもりだからな、勿論あんたもそれについて話さない
だろうし、これでパレスの周りをうろちょろする必要もなくなる
というものだろう、勿論そうしようが俺にはもはや何の係わりも
ないことだ、あの人はもういないのだから」
「それじゃそのときのことを放してもらおうか?」
「封筒には金が入っていたんだと思う、かなりの額が、
きっとそいつを雇ったんだろうな、俺にはそういつがわかったし、
あの人もそいつは心得ていただろう、互いに知らないふりはして
いたがね、あの人はそういうやりかたを好んでいたから」
そこで顔を上げ、ジェイに視線を据えて、
「殺し屋を雇ったのじゃないかと俺は考えている」
クリサリスは模範的な市民ではなく、独自のルールに則って
動いていたから殺し屋を雇うこともありうる。
ジェイはその考えに違和感を覚えつつも、
「それじゃ誰を殺そうとしたのだろう?」と口に出すと、
「金と一緒に殺す相手の名前を書いて入れてあったんじゃないかな」
エルモはそう応え、
「俺は中を見てないわけだから、ともかく熊のマスクを被ったそいつは
それを読むと『Shitなんてこった、
えらい大盤振る舞いだ』とか呟いていた、予想以上の額が入っていたんだろうな、
それから航空券も受け取っていた、アトランタ行きの周遊券だったと思う」と
言い添えていた・・・
アトランタだって?」ジェイはそう応えながらも、アトランタにいる人間の
ことを考えていて、背筋が冷たくなるのを感じながらも、
Oh Shit(なんてこった)」と悪態をつかずにいられなかった、
そして「去年までは政治にはむしろ関わらないようにしていたのにな」
と言葉を添えると、
エルモもそれに同意しつつ、
「俺もそう思う、デズのようなやからとは一線を引いていたようだったからな、
旅の間にそいつか他のジョーカー活動家の影響でも受けたのかもな」
「相手はレオ・バーネットだと思うか?」ジェイがそう言葉を向けると、
エルモは頷いて「おそらくそうだろう」と答えてくれた。
Great弱ったな」
Just fucking great さすがにそれは手に余るというものだ」
そうもごもご言いつつも、
「その殺し屋について他に覚えていることは?」
「背が高く痩せぎすで、手袋をはめていて、似合わない安もののスーツを
着ていたな、そういやチケットはジョージ・カービィ名義だったのが
見えた」
「ジョ−ジ・カービィだって?」それはどこかで聞いた名だと思いながら
「それでいつの便だった?」と訊ねると、
「今日だ」エルモはそう言っていて、
Shitなんてこった」ジェイはそう言って、
Shit shit shitおいおいおい」
腕時計を見つめながらも気ばかり焦ってきた。
もうこんな時間じゃないか、
「とっととマセリークを呼んでヨーマンの名を話さなくちゃな、ともかく
急がないと」
「ヨーマンだって?えらく懐かしい名じゃないか」
エルモは吐き出すようにそう言って、
「その名を聞かなくなって一年になるかな、どこにいるかも
わからないし、クリサリスにしたところで知らなかったようで
消息を掴もうと躍起になっていた、フィストとあいつの間で
因縁があって、それでどうにかなったと考えたのかもな、
なんせあいつはただのナットという話だからな」
「オーディティはどうだろう?」
そう話を向けるとエルモは肩を竦めてみせて
「とりひきがあったにしても、俺は聞いていない」
「誰が殺したのだろう?」
「敵対する人間か、恋敵の逆恨みか、過去の因縁か、なんにせよ
あの人を殺したいと考える人間がいないかということなんだが」
silent partner密かに手を組んでいた人間ならいたよ」
エルモはそう呟いて、
「チャールズ・ダットンという名のジョーカーさ、
この街にあの人が現れてパレスを買い取る際にも手を貸したと
聞いている、何か関係あるかもな」
「それじゃ話を聞くとしよう」そう請け合って
「他はどうだ?」
そう話を向けたがエルモは躊躇っていて、
Come on
まぁいいじゃないか」ジェイはそう言って、
「もう話してもいいのじゃないか?」そう添えて促すと、
「何かあったっけかな?」エルモはそう言いながらも、
「そういえば去年の夏ごろに、死体を始末したことがあったな」
「死体だって?」ジェイがそう応えると
エルモは頷いて、
「女性だった、浅黒い肌の若い感じの女だったと思うが、生前にあったわけ
じゃないからな、その時はもうすでにミンチのようなずたぼろの状態だった
からな、切り刻まれていて、胸は切り落とされて顔自体も原型を留めて
いなくて腕もちぎれていて実にいたましいものだった、クリサリスも蒼褪めて
いたようだった。
俺が夜勤から帰ろうとしたところで呼び止められてそこにいったんだ。
ディガー・ダウンズもトイレMen`s roomに駆け込んでもどそうとしていて、
クリサリスはというと事務所で煙草を吸いながら座っていて、その死体を見つめて
いたようだったが手が震えていながらも、俺がシートを被せるまでそこから
目が離せないでいて、
ただ片づけておいてといっていたから俺がやったんだ。
勿論訊き返すこともしないしその時もあの人はそれ以上何も話さなかった、
勿論その後も一切口にしなかったがね」、
「それで死体はどうしたんだ?」ジェイがそう訊ねると、
「ゴミ袋に入れてごみに出して、次の日の朝にはもう影もかたちもなくなって
いた、Neighbors近くに住んでる連中が……」
そう言いかけたところで足跡が聞こえてきた。
Next doorお隣さんがたが……」エルモは鍵の回される音を聞きながら、
「持っていったのかもな」と言ったところで視線を落として黙り込み、気まずい
時間が流れたが、
独房の扉が開かれて、それからマセリークに連れだってエリス警部が紫煙
燻らせながら「出る時間だ」と声をかけてきて、
「今出るところだ」ジェイはそう言って、エルモの肩を軽く叩いて
心配ないという気持ちを示したが侏儒は顔を上げないでいて、
「マセリークは私の許可なしにこの面会を許したようだけれど」
エリスはそう言い放ち、
「それも終わったのならしょうがないわね、さぁさっさとあのくそ忌々しい
奴の名を話して頂戴、もし単なるいい逃れならば、あんたもエルモと一緒に
ぶちこまれることになるから覚悟なさい」
さすがに言い争う気も起きなくて「ダニエル・ブレナンだ」と告げると、
一瞬マセリークの瞳にズボンに氷を詰め込まれたような不穏な光が宿った
ように思ったが、エリスは意に介さずその名を書き留めていて、
「それじゃHave a nice dayこれでいいな」
そう言いおいてとっととそこから離れていったのだ。