ワイルドカード7巻 7月19日 午後2時

      1988年7月19日
        午後2時
 
      ジョン・J・ミラー


壁やフェンスといったブレナンを阻む障害は
8800番グレンホロー通りには一切なく、
数本植えてある木が目印のようなかたちと
なって狩りも釣りも立ち入ることすらも禁止
されているに違いないが、だとしてもそれは
ブレナンを何ら留めるものではない。
そうして静寂に満ちた木々の間を油断なく
進んでいると、敵の潜んだ森林を這い進んだ
ベトナムに戻ったようにすら感じていたが、
しまいには木々は途切れてゆるやかな茂みの中に
入り込んでいた。
ゴルフ場を思わせる滑らかに刈り込まれた芝地の
先には高い生け垣があり、その先には高価な花々の
植えられた花壇があって、さらにそこを抜けた先には
家があった。
二階建てだが一回は生け垣で隠されていて見えず、
二回には窓が4つあって、茂みを見渡せるように
なっている。
ブレナンは大きく息を吸って、おそらく家の住民から
見られているであろうことを感じながら一気に茂みを
駆け抜け、
最初の花の列を飛び越えて、
できるだけ音をたてないように着地して低く屈んで
呼吸を整え耳を澄ましてみたが、何も聞こえず、
辺りを見回してみたが花以外何も見当たらない。
腰を屈めて、二回の窓から見えにくい姿勢で花壇を
進んでいった。
花壇には薔薇や菊の花、金魚草に向日葵と並んでタイや
ベトナムで群生しているようなけしの花、それから
朝鮮朝顔も植えられている。
ブレナンは少年時代を過ごした南東部でそれらを見て
いたからわかったのだ。
涼し気な木陰に様々な色やかたちのキノコが見て取れるが、
どれもソテーしてステーキに添えたくなるような代物では
あるまい。
一見何の害もなさそうに見える花壇だが、drug Chemists化学薬剤師達の覚醒剤に抑制剤、幻覚剤の原材料を作り出す
夢の農園といった代物には違いないが、
造園技師でもあるブレナンの目から見ても、色と形の織ります
完璧な組み合わせによる美しい静謐さを湛えていると言って
いいだろう。
それらを飾るように植えられた植物の並びさえも心地の良い
調和を保っていて、一風変わった風合を醸し出しているのだ。
高さ4フィートのキノコ床のようなところに紫煙を燻らせて
いる芋虫が這っていて、
そういう趣向かと考え微笑んでいると、
芋虫が身を翻しブレナンを見つめて頬を膨らませ、煙の雲を
吐き出して、それがブレナンを包み込み、口を閉じる前に
その煙を思いっきり吸ってしまっていた。
えらく甘い味わいのするものだと考えて身を翻し、
かろうじて三歩進んだところで頭がふらふらと泳ぎ目も
回ってきて薄い草が重くのしかかってきたように冷静に
考えていると、
機械で再生したようなぎこちない聞き覚えのある声で
「魔法の王国にようこそ」と聞こえてきて、
それを聞きながらブレナンは目を閉じていたのだ。