ワイルドカード7巻 7月23日 午後1時 

      ジョン・J・ミラー
        午後1時


着ていたデニムのジャケットで包むようにした
ジェニファーを抱え、下水道を下っていた。
具合は悪くなっているように思えてならない。
体温は下がっているのに、熱があるようでしきりに
うわごとのような聞き取れない言葉を呟いている。
薄暗い下水の中、可能な限り急いではいたものの、
地上に上がるには、何度かジェニファーを下ろして、
安全を確認する必要があった。
地上同様に方向はしっかりわかっていたにも関わらず、
それでも何度かは曲がる場所を間違えたりしつつも、
永遠なる悲惨の女神教会の下まで辿り着いた。
ジェニファーを背負って地上に上がり、教会の裏手の
辺りに出ていた。
そこで何度も足でドアを蹴ると、烏賊神父が扉を開けて
くれて、気遣うような視線を向けてから、驚いたような
顔をして、
「主の慈悲にかけて(なんてことでしょう)」と漏らし、
「何があったのです」などと言いかけたところで、
「後で話す」と遮るように応え、
「今すぐ医者を呼んで欲しい。口の堅い人間に限る。
心当たりはないだろうか」
「それでしたらミスター・ボーンズでどうでしょう」
「呼んでくれるか」
「本物の医者ではありませんが」
「腕はいいのだろう?」烏賊神父はそれに頷いて応え、
「ここらの人間はあの方に頼っています。ジョーカーの
身体に限っていうならタキオン以上に知り尽くしていると
言っていいでしょうね」それにブレナンが頷いて返し、
「その男でいい、頼めるか?」と応えると、烏賊神父は
寝室に飛び込んで連絡をとってくれていて、ようやく
ジェニファーを古びたソファーに下し、疲れきった手を
ようやく休ませることができた。
そして膝をついて、ジェニファーの上に屈み、額に手を
当ててみた。
まだ冷たいにも関わらず、汗は額から滴っていて、頬まで
ぐっしょりと濡らしているではないか。
しかも身体は無意識の内に何度も、実体化と幽体化を繰り返して
いて、思わず手を取って、「ジェニファー!」と声をかけ、
起こそうとしてみたが、ゆするのも動かすのも憚れるように思えた。
その肌は死体のように白く、呼吸も浅く不規則なのだ。
そこに烏賊神父が戻ってきて、ジェニファーにそっと毛布を
被せてくれた。
それから「すぐに来てくれるそうです。さてとそれでは
話してくれますね」
「それもいいか」ブレナンはそう応え、
ジェニファーの隣に腰を落ち着け、コーヒーでもいれようかと
言った神父の言葉を断ってから、これまであったことを話していた。
口に出したことで、さらにもどかしく思う気持ちが募ってきた。
パレスのまで行っていながら、警察に囲まれてしまい、隣人とやら
いう連中に会えずじまいだったのだから。
話し終えたところで、ゆっくりでありながらしっかりしたノックの
音が聞えてきた。
それに烏賊神父が応え、ドアを開けると、まるでボリス・カーロフ
映画に出てくる蘇った死体のようにやせ細った黒人の男が入ってきた。
白いシャツの上に、つぎはぎだけの古い、それでいて小奇麗なスーツを
着ているが、丈が短いのか手足が収まりきらずとびだして見える。
それほどひどくはないものの、ジョーカーであることは間違いあるまい。
実際額からは、アンテナのように日本の触手が突き出ていて妙に目立って
いるのだ。
そして烏賊神父の紹介に応じてがさがさと動かしてみせながら、
「この方が患者かね?」ボーンズはジェニファーの傍に膝をつくと、
毛布をどけて、ジェニファーの上に屈んで脈を確認してから、まるで
それがレーダーであるかのように、ジェニファーの身体全体を撫でるように
かざしていた。
「どうでしょう、Doctor先生」ブレナンが落ち着いてそう訊ねると、
「私はDoctor先生ではありませんよ」ボーンズはそう応えながらも、
まだ触手を動かしていて、しばらくしてしてからジェニファーから
離れ、ブレナンと烏賊神父に視線を向けて
「どうもショック状態にあるようだ。休ませるしかあるまいて」
そう言ってジェニファーに毛布をかけてから腰を上げ、
「そして回復するよう祈るのみだよ」
そう言葉を継いでいたのだ。