ワイルドカード7巻 7月23日 午後4時

   ジョージ・R・R・マーティン
        午後4時


「あんた、NePhiネフィって名なんだな」
ジェシー・ジャクソンのリムジンの幌によりかかり、
そう声をかけていた。
タキオンHyatt Regencyハイアット・リージェンシィの
中で新しい候補者の擁立について話し合っていて、外で
待っているのにあきあきしてきたところだったのだ。
「国の払いはいいのかな、どうなんだい?」
そう言葉を継いだものの、腫物に触るような胡乱な視線を
返されただけだった。
ジェシー・ジャクソンのボディガードを務めるこの男は、
頭の禿げかかった彫りの深い顔をした痩せぎすのモルモン
教徒でストレイト・アローと呼ばれているエースだ。
胸には『Nephi Callendarネフィ・カレンダー』という
ネーム・プレートを付けている。
「個人的利益には拘泥しない」ようやくそう応え、
「神と国家に仕えることに喜びを感じるものもいるということだ」
そう継がれた言葉に、ジェイは微笑んで返してから、
「本当かね、悪党をぶちのめすのが楽しいだけじゃないのか?」
そう返すと、今度は嫌な顔をして、そっぽを向いてしまった。
「そういや日曜の晩に、カーニフェックスが何やら大暴れしたそう
じゃないか」控えめにそう切り出して、
「いや月曜の朝だったかな。大立ち回りの末、相手を叩き出したと
聞いてるぜ」そう言い添えると、カレンダーは無関心な声で、
「聞いていないよ、何にせよ、レイほどの経験豊富なエージェントなら
応援も必要なかったということだろう」と言っていた。
「ドレッサーの中身はひどいものだがね」ジェイがそう言うと、
「私とて、ずっとあんな白い服を着るのは御免被りたい。あれでは
洗濯がたいへんだろうからな、それならあんたの格好の方がましと
いうものだ」上等な灰色のユニフォームに身を包んだモルモン教徒の
エースはそう応えた。
そのごわごわしたユニフォームは、袖に司法省の徴がついていて、
帽子と肩には赤黒い紐がぶらさがっていて、立てられた襟には炎に
包まれた槍をデザインしたピンが留められている。
軍服のようないでたちだな。
ジェイがそう思いつつ、
「クリーニングもただでやってもらえるのかな。
それとも自分で洗濯してるのかい?」
そう言葉を返すと、ストレイト・アローはじとっといった感じで
ジェイの暗褐色のスーツに視線を向けつつ、
「クリーニングにはださず、焼却処分がお勧めだ」などと
言いだしたから、
「おいおい」ジェイはそう応え、
「これはタキオンのセンスだぜ、返さなきゃならないんだからな。
見れる俺に訊くなよ」
「なんでそんなに洗濯が気になるんだ?アクロイド」
「ひどい面にされちまったもんでね。上等なシャツが台無しになっちまったのさ」
顔のあざは緑がかった黄色い染みになって多少は見れるものになったと
思いつつそう応え、
「いいシャツがあったら教えて欲しいもんだね。
洗濯の必要がないならなおいいというものだ。
そういやカーニフェックスの野郎は血まみれになったと聞いてるぜ」
「耳にした話をいちいち信じる必要はないというものだよ、アクロイド」
カレンダーはそう返し、
「私の知る限りでは、日曜の晩のレイは、ハートマン上院議員
同行していたから、もしそんな騒ぎがあったなら、何らかの報告が
あがっているはずだが、そんな報告はされていない」
それにジェイが何か言おうとしたところで、
タキオンがハイアットの正面ドアから姿を現した。
ジェシー・ジャクソンも一緒のようだ。
路上には赤く<ジェシー>と書かれたプラカードを持った人々で
ごったがえしていて、ストレイト・アローは慌ててその人々の姿を
監視し始めたところで、二人の男は握手をかわしていた。
どうやらジャクソンの方が、タキオンより背は高いようで、
タキオンは背伸びして応じているようだった。
そこで歓声が巻き起こり、ジャクソンとタキオンはリムジンに
向かいながら、タキオンが人々に笑顔を返したり握手を交わして
いると、ジェシーにそのぐらいにしておくよう身振りで制されていた。
「それでどうなった?」そこにジェイは駆け寄って声をかけると、
ジェシーはオムニの外にいるジョーカー達に語り掛けてくれることに
なりました」タキオンはそう説明してくれたが、やはりアトランタ
熱さにまいっているからか幾分しおれたように見える。
ワイルドカード問題に対する関心はハートマンと同じくらいしっかりと
受け止めているようでした。後は皆が耳を貸してくれるかですが......」
そこで重いため息をついてから、
「ジェイ、もし他に気になることがあるのでしたら、気になる別に
こちらは気にしなくとも構わないのですよ」
ジェイはそこでしばらく考え込んでから、
特にこれといった手がかりも思い至らず、肩を竦め、
「まぁぼちぼちといったところだ」そう応え、
「ままならんことこのうえないわけだがね」
そう言い添えてリムジンに同乗していた。
車内はエアコンが利いているにもかかわらず、
タキオンの具合はあまりよくないように見える。
おそらくコンベンションセンター前に集った
ジョーカー達に苦慮しているといったところか。
ハートマン支持を覆したということで裏切り者
呼ばわりされているというものだろうから。
「憎まれているでしょうね」絶望を滲ませた声で
そう言って窓の向こうに視線を泳がせていると、
「そうとも限らんでしょう」ジャクソンがそう言っていて、
「もちろんバーネットに鞍替えしたとあっては、私とて
許さなかったでしょうがね」と茶化してまでくれていた。
「それはもちろんそうですが」タキオンジェシーの肩を
叩いてそう応じていたが、ジェイがそれほど楽観的な
状況じゃないと思っていると、
「説得するしかないということでしょうね」
「いかにも、協力は惜しみません」
「最善はつくしましょう」タキオンがそう請け負ったところで、
ドアが開かれて、一人ずつ社外に出ることになった。
サングラスをかけたダークスーツの私服警備員が油断なく
周囲に警戒している中、赤くジャクソンと記されたリムジンから、
制服を着た警官達によってマイクの準備されたトレーラー上の
ステージまでの狭い道が確保され、ジャクソンは手ぶりで
落ち着くように示したが、重い沈黙を返したものもいれば、
やじを飛ばしているものもいれば、下品な言葉を叫んで
いるものまで見て取れた。
皆熱さで殺気立っているのだ。
「どうしてあれほど悪意を露わにできるのでしょうか?」
タキオンは悲し気にそう零し、
「なんと傷ましいことでしょう。行き場を失っているということでしょうね。
どうにもやりばがないということなのですね」そう言葉を継いでいた。
ステージに押し寄せようとするジョーカーを警官達が押しとどめている中、
ゆっくりとステージに向かっていくと、、警官達の間から突き出された手を、
ジャクソンは丁寧に掴み、握手を返していたところで、ふらふらと進んでいた
タキオンの指輪に口付けしようとしたものもあれば、唾を吐きかけた年老いた
男もいた。
ジェイは両手をポケットに突っ込んだまま、ジャクソンに油断なく視線を向けている
ストレイト・アローを隣にして進んでいった。
ストレイト・アローの額は、緊張からか汗びっしょりになっているようだった。
その時、上空をタートルが滑るように横切っていった。
昨日の晩くらいからか、側面に3フィートの幅を取った銀色の文字で
Haremannハートマン>と書かれているのが見て取れた。
そこで二人の警官の間から、青白い肌が見えて、よたよたと割り込んできて、
タキオンに向かってきた。
私服警備員が拳銃を抜いて対応しようとしたところで、
「大丈夫だ、心配ない」ジェイはそう声をかけていた。
Doughboyドウボーイだ!単純な男で危険はないよ」
そう言葉を継ぐと、ストレイト・アローが軽く頷いて
肯定してくれたことで、私服警備員も落ち着いてくれたようだ。
そこでドウボーイとタキオンはわずかに言葉を交わしていた。
異星の男は目にみえて小さく見えて、泣きそうに見える。
「嫌な展開だな」ストレイト・アローもそうぼやいていて、
人ごみの中から「裏切り者」という甲高い声が響き渡って、
タキオンは立ち止まって手で顔を覆っていたが、ジェシー
タキオンの肩に手を置いて、何か勇気づけることを言ったと
見えて、そこでようやくタキオンは進むのを再開していた。
まるでとってつけたような笑顔まで浮かべているのが痛々しい。
そこで脚のないジョーカーの姿が警官の間から姿を見せて、
タキオンはそいつに二言三言囁いて微笑んでから、また歩みを
再開していた。
その時だった。
痩せぎすの十代と思しき革のジャケットを着た男が、人ごみを
縫って現れ、三人ほどを間にして微笑んでいた。
この暑さの中、あのジャケットは正気とも思えない。
ジェイがそんな風に思いつつ他に気をとられたところで、
ぎらぎらした飢えた視線をその瞳に宿し、タキオンに手を
伸ばしていた。
タキオンがその手に軽く触れたと思ったその時だった。
尿が沸騰したとでもいうような嫌な臭いがしたかと思うと、
笑みを浮かべた少年の肩が霞んだように思え、
「ダメだ!」ジェイはそう叫んでいた。
ポケットからもぎ離すように急いで手を出して、
タキオンを目指したが、
「マッキィ・メッサーたぁ、俺のことだ!」
その宣言とともに、ブーンというチェーンソウのような音が
響き渡っていたのだ。