ワイルドカード7巻 7月23日 午後8時

    ジョージ・R・R・マーティン
        午後8時


「ジョージがいたらいいのに……」
ジェイは少年がそう零したのを聞いた時、
それはジョージ・ブッシュのことだと思っていた。
病院の待合室にはTVが二台あり、
どちらも党大会を映し出していて、何回か
ジョージ・ブッシュにインタビューする
レポーターの姿を見ていたからだった。
そこでようやく少年の言っているのが
あの年老いたKGBのエージェントのことだと
気づいて、
「ジョージはニューヨークにいるよ」と応えていた。
そういえば切り裂きマッキィとやらいう奴を
飛ばした先もニューヨークだったな。
とはいっても、もはやTombs刑務所には残っていまい。
牢仲間を何人か細切れにして大手を振って出て行ったに
違いあるまい。
オムニの惨劇は脳裏で何度も蘇り、質の悪いスプラッター映画のようだと
ばやきつつも、ジャック。ブローンの言っていたことに間違いはないと
考えていた。
ブローンの鼻先でマッキィ・メッサーを飛ばしてのけたのは
逃がしたことに他ならない。
もちろんそれでタキオンの命を救ったと考えることもできる。
にしてもニューヨークトゥームスに送ったのはまずかった。
誰もいない場所に飛ばしていれば、
誰も殺されずにすんだだろうから……
マッキィがやばい奴だというのはディガーから聞いて知っていた
ではないか。
人のいるところに自分がいるのに気づけば、どうするか
それぐらいわかっただろうに。
あまりにもいきなりすぎた……
チェーンソウの唸るような音を脳裏に蘇らせつつ、そいつを
頭から振り払いつつも、ため息をついていた。
もう手遅れだ。
今からではどうしようもないことだ。
その記憶を胸に抱いて生きていくしかあるまい。
病院の待合室は閑散としていて、人影もまばらになっている。
家族に友人、Vip待遇の人間しか残っていないということか。
ジョーカー達がひっきりなしに訪れて、花やら本やらを
手向けていきはしたが、今は青白い顔のまま黙っている
ハイラム・ワーチェスターが横に座っているくらいだったが、
「戻らなくちゃ」と言って「ここにいた、と伝えておいて
くれないか」そう言って、ジェイがそうすると約束すると、
ついには離れていった。
レオ・バーネットがテレビカメラを引き連れて現れた際に、
「主よ」と唱え、
「罪ある者をお許しください。もし召さるるとも、叡智を
授からんことをここに願う。主よ、慈悲あらば、かの者に
魂の救済あらんことを」などと縁起でもないことを告げて
いって、カーニフェックスがいたのは短い間だったが、
バッジをひけらかし、医者を質問攻めにしていたようだが、
ジェイが離れていた間のことで、騒ぎを遠くに耳にしただけで
すんだ。
レイはそれで気が済んだと見えて姿を消していた。
ありふれたカエルのゴムマスクを被った男はずいぶん
長いこと残っていたようだったが、マスクを外して
落ち着かない様子で何か言おうと思い悩んでいたが、
来た時と同様、静かにそこを離れていった。
そしてブレーズとジェイを残して他には誰もいなくなった。
「ティジアンネ(タキオンの本名)は死ぬと思う?」
そう訊いてきたブレーズの声は、そのことを恐れているより
好奇心にかられて口にしたように思えるものだった。
Nahわからんさ」ジェイはそう応え、
「ここに来てもう三時間になる。死ぬということは
ないのじゃないかな。医者は手を尽くしてくれたんだと
思う。今は落ち着いているんじゃないかな」
もちろんそんな言葉が気休めにすぎないことはジェイが
一番よくわかっている。
そんなことを考えていると、
「もし死んだら、≪ベービィ≫は僕のものだね」ブレーズが囁いた。
「≪ベービィ≫だって?」驚いて、そう訊き返すと、
「宇宙船だよ」なんでそんなことも知らないの、といった
感じのある呆れた声だった。
「ひどい名前だよね。僕の船だったらもっとましな名をつけるん
だけどね」とまで言いだした。
タキオンはまだ死んじゃいないよ」ジェイがそういって窘めたが、
少年は欠伸をして、椅子の上でだらしなく大きく伸びをしていた。
あまり気にしていないようで、コーヒーテーブルの上に
行儀悪く両足を投げ出すと、
「どんな塩梅なの?」頭の周りにとびまわっているハエを見つめ
ながらそう言いだした。
「警備から聞いたんだけど、指も骨も血と一緒に飛び散っていた
そうだね……」
「本当にひどい有様だった……」ジェイはそう言うと、
「話すのが憚られるような……」と返されてきた。
「泣き叫んでいたのかな……」それは軽蔑したような声だった。
「僕さえ一緒にいたなら、そいつの精神を捕まえてやったのに。
こんな具合にね」そう言うや、ハエを掴んでいた。
「どうってことなかっただろうね」そう言ってて拳を開くと
虫の残骸をみせつけつつ、胡乱な顔をしてのけた。
ジェイが、あの背中の盛り上がった殺し屋が
<リトル・ティーポットの歌>を歌い血の海にのたうつ姿を
思い浮かべていながら、
「まったくブレーズ、おまえは」ジェイはそう言って、
「たいしたクソガキだな」軽く言ったつもりだったが、
ブレーズはひどく驚いた顔をした。実際は唯一の肉親を
失うかもしれないことが怖くてかなわないに違いない。
だからあえて何でもないように乱暴な言葉でその感情を
覆い隠しているということなのだろう。、
もちろん実際どうだかなどジェイには預かり知れない
わけだが。
そこで少年は顔を上げ、ばさばさの赤毛の間から、
幾分横柄な光を宿した瞳を向けてきた。
その紫色の瞳の中に、暗黒が広がったかと思うと、
蛍光灯の明るい光の下であるにも関わらず、紫色の
インクに放り込まれて染まったように感じていると、
「僕は餓鬼じゃないよ」そう言い募って、
「タキスでなら、女がいてもいい年齢なんだ」
そう言い返したブレーズに、
「わかったよ」と応え、
「足りない年齢を十分に重ねたと判断したら、そいつの
意味を教えてやるとしよう」そう言い添えていたのだ。