ワイルドカード7巻 7月23日 午後4時

    ジョージ・R・R・マーティン
        午後4時


低く呻くようなタキオンの叫び声と同時に肉を
引き裂くような湿った嫌な音が響き渡っていた。
指も骨ももはやそこには残されておらず、少年が
一人そこに立っていた。
飛び散ったタキオンの血潮を顔や革ジャケットに
浴び、夏の雨のようなじとついた音を手から響かせて
口を微かに開けたまま、笑顔のままで下唇をぺろりと
舐めてみせた。
すべてがスローモーションになったように感じながら、
ジェイは指を銃のかたちにした……
右腕から血を迸らせているタキオンを、残像のような
手をした少年が見下ろしている。
警官が少年のジャケットを掴んで取り押さえようとして
いたが、お茶の子さいさいとばかりに肩口から真っ二つに
切り裂いていた。
そして少年は再びタキオンに向き直ると、尻餅をついて
いたタキオンに手を伸ばしていた。
ほとんど愛撫するように優しく、頬の辺りを撫で摩り、
長い髪を弄んでいるではないか。
ジェイは少年を指さしたが、ポンという音は聞こえは
しなかった。
多くの人の叫びにかきけされていたのだ。
そうしてマッキィ・メッサーはいなくなった、
そこに人ごみを抜けて、大柄なブロンドの男が突っ込んできたかと
思うと少年のいたところにパンチを叩きこんでいた。
その男の周囲には囲むような黄色い光が広がっている。
「誰がこんな真似をした?」
男はそう叫び、怒り狂っているではないか。
人々は阿鼻叫喚の様相を呈し、逃げまどっていたが、
私服警備員が覆いかぶさったかたちになって、ジェシー
無事のようだった。
「救急車だ!」遠くでそんな声が聞えたかと思うと、
「誰か救急車を!Dammit畜生!Dammitこん畜生!誰か救急車を頼む!」
そんな喧騒の中、ストレイト・アローは炎の弓を頭上に翳し、
テレビカメラが舐めるように現場に食い込んでいて、そこで
ジェイは「アクロイド!」と誰かの呼ぶ声に気が付いた。
もちろん誰の声だかわかりはしない。
警官達のノイズのような声が耳に入り込んでくるが、
タキオンは黙ったままのようだった。
そこでジェイはタキオンに駆け寄ったが、タキオン
路上に突っ伏したままで、まるで死体のように動かない。
目は閉じて、右手で腹部を抱えるようにして、しぶきは
微かになってはいるものの、レースのシャツは赤黒く、
まるでタキオンの髪の色のようだ。
そんなことをぼんやり考えていると、焼け焦げるような
嫌な臭いが立ち込めていた。
ぼんやり視線を向けると、ストレイト・アローがタキオンの傍で
膝をついていた。
虚ろなままの視線が焦点を結んだと思ったときには、淡く
黄色い炎が傷口に押し当てられていて、また焼け焦げるような
匂いがしていて、タキオンが弱々しく呻いたかと思うと、
カレンダーは腰をあげていた。
どうやら傷口をあぶったらしい。
ストレッチャーを持った救急隊員がそこにいた。
ジェイは彼らがいつきたかもわからなかった。
「アクロイド!」呼ぶ声に振り向くと、それはストレイト・アローの
声だった。
「あいつがどこに送ったんだ!」まだぼんやりしたまま、
Yeahえぇと」そう言っていたが、指はまだ銃のかたしたままで
あることに気づいて、指を伸ばし、髪を掻きむしって、
Oh Jesusあぁそうだった」そこでようやく意識は焦点を結んでいた。
「貴様!」そんな声がした。あのブロンドの巨漢の声だった。
「こいつは何様だ!」
「ジェイ・アクロイドだよ」ストレイト・アローがそう応えていて、
「私立探偵だよ、ポピンジェイと呼ばれている」そう紹介されていた。
「あいつを倒せるところだったんだ!」ブロンドの男は煙草の箱を
持ったまま拳を握りしめていた。
どうやら持っていることも忘れているらしい。
残った煙草が転がり落ちていたが構わず、
「あいつをぐちゃぐちゃにできていたはずだったんだ!Aw Fuckちくしょうめ!」
そう言って煙草の箱を放り投げると、やりきれないとばかりに人ごみに蹴りこんでいた。
そこで突然気づいていた。
ゴールデンボーイだ。
どうやら訃報は誤報だったらしい。
他の誰でもあろうはずもない。
「あいつをどこにやったんだ?アクロイド」
再びストレイト・アローにそう訊かれ、
「飛ばしたかということだが……」渇いた唇を舐めて湿らせて、
血の味を感じていると、モルモン教徒のエースに肩を掴まれて、
ゆすられながら、
「殺し屋をどこに送ったんだ!」そんな声を聴いていた。
「あぁ」ジェイはようやくそう応え、
「ニューヨークだ!Tombs刑務所だよ」
ストレイト・アローは手を離し、
「でかした」そう喝采してくれたが、
ゴールイデンボーイはそう思わなかったようだった。
「あいつは壁を通り抜けるのだぞ」そう叫んでいて、
癇癪をぶちまけているのがよくわかった。
これじゃ俳優として大成しなかったのは無理もない。
そんなことを思っていると、
「あいつをみすみす逃がしてしまったんだ」
その言葉を聞いて、ストレイト・アローまで渋い顔になっていた。
モルモン教徒は長い溜息をついたかと思うと、踵を返してそこから
離れていった。
ジェイはそれについいった。
ブローンには付き合いきれないと考えたからだ。
タキオンは」ジェイはそう声をかけ、カレンダーの腕を掴んでいた。
「生きているだろうか?」そう言葉を添えると、
「それは神のみぞ知るというところだろうな、アクロイド。
祈ることだ」モルモン教徒はそう応えていたのだ。