ワイルドカード7巻 7月23日 午前10時

   ジョージ・R・R・マーティン
      午前10時


這うようにシャワーに入ったところで
朝食が届いた。
それでタオルで体を拭いて、腹に包帯か
何かを巻くべきだろうか、と思いながら
タキオンから拝借した服に袖を通した。
袖は短いは、ズボンから足首が2インチ
程飛び出すものの、他のを着ても同じ
だろうから、気にしないことにした。
ジェイが寝室に入っていくと、タキオン
バター付きのトーストの乗ったルームサービスの
トレイを見つめていて、肘掛け椅子の上で
大きく伸びをしているブレーズは顔を上げ、
忍び笑いを漏らして見せた。
タキオンがそこに厳めしい顔を向け、
「ブレーズ、あなたでしたらベルトコンベアに
乗ってもそんな風にはしゃぐのでしょうね」と
言ってみせると、少年は露骨に嫌な顔をして、
「しないよ、間抜けだもの」などと言っている。
「だといいのですけれどね、もしこれ以上聞き分けの
ないようでしたら」タキオンはそう言うと、
「アクロイドに言って、アトランタ
空港にでも飛ばしてもらいますからね」
と釘をさしていたが、
「ところでジェイはなんであんな間抜けな
格好をしているの?」ブレーズはそう言いだして、
「あれじゃまるでイロ気*いだ」
とまで言いだしたではないか。
「あれは私の服ですよ」
タキオンがいかにも気を悪くしたというように
そう言い返してから、ジェイに視線を向けたところに、
「僕も間抜けな恰好をさせられているからね、
まだましになった方じゃないかな」
「この子と同じ扱いを受けているんだな」
ジェイがそう言い返すと、ブレーズはいかにも
驚いたといった顔をしていたが、露骨に表情を
歪めたところに、いきなり指で銃のかたちを
作って少年に向け、ひるんだところに、
「なんてね」ジェイがそういって微笑んでみせると、
ブレーズも笑い返していた。
一度飛ばされたことで懲りたということだろうか。
「ろくでもない大人に囲まれているというのは
いかがなものか」などとタキオンが言いだしたところに、
「あの子は心配ないよ」とジェイがそう言い添えて、
ルームサービストレイを引っ張ってきて、
「タキス人にしては、だがね」そう言ってその前に
陣取ると、被せられた銀色の覆いを持ち上げて、
その下のエッグ・ベネディクトを乱暴につつき始めた。
エーシィズ・ハイのものには及ばないが、腹がすき
すぎているから文句自体でないというものだ。
エーシィズ・ハイではハイラムからいつも、
まるでNaugahyde palateナウガモンスターだな、と
揶揄されていたものだったが……
ジェイがそんなことを思っていると、
タキオンは唇をナプキンで拭っていて、そうして
黄身の残りをトーストで拭い取っていると
ドアがノックされ、タキオンが立ち上がって
「誰ですか?」と声をかけ、
「カーニフェックスだ、開けてくれないか?
いつまでこうしていればいいんだ?」
そう返されたところで、タキオンはジェイに
目配せして「入れてかまいませんよ」と応えた。
「レイがどんなに横柄でも、あんたに俺、それに
シスコ・キッド(TV番組のちびっこカウボーイ)
までいるのだから手を出すことはできんさ」
ジェイがそう口火を切って、ブレーズを示して
みせると、
異星の男は頷いて、ドアを開け、カーニフェックスは
室内を見渡してから、スイートの中に入ってきた。
身体にぴったり張り付いた白いユニフォームからも
屈強な身体付きが見て取れる。
頭の後ろにフードが跳ね上げられていて、露わに
された頭はつぎはぎだらけで、まるでスペアパーツを
寄せ集めたようだ。
ジェイがそんなことを考えていると、
「政治ゴロとは距離を置くものだぜ」タキオン
視線を据えつつ、レイはそう言い放つと、
「それがあんたのためというものだ、でないとあんたの尻を
蹴っ飛ばさなきゃならなくなるからな、ブローンの野郎に
ついても言えることだがな」そう言い添えたところで、
タキオンは渋い顔をしつつも、
「要件は何ですか、レイ」
そう政府お抱えのエースに言葉を投げ返し、
「あなたの政治倫理的に問題のある考えになど聊かも
興味はないのですよ」と継がれたところで、
「グレッグがあんたに会いたいと言っているんだ」
ビリー・レイはそう応え、
「何を言おうとほだされるつもりはありませんからね」
タキオンが応えると、
「グレッグは話し合いが必要になる提案があると言っていたぜ」
構わずレイは獰猛な笑顔を浮かべそう言った。
上院議員ともはや話すことなどありはしませんよ」
タキオンは再度言い放ったが、
「怖いのか?」レイは挑発するようにそう返し、
「だったら手をつないで連れて行ったっていいんだぜ」
さらにそう言い添えて肩を竦めてみせた。
「もちろんあんたが来ようが来るまいが俺には
何の関わりもないがね、後悔することになるぜ」
白に身を包んだエースはそう言ってスイートを
見回してみせた。
窓はタートルに割られたままで、ハイラムが落とした
テレビもそのままで、ソファーからは酒臭い匂いまで
立ち昇っているときたものだ.
「一体どんな連中が集まればこうなるんだ?」
レイはタキオンにそう言うと、
「誰かに自分で掃除する方法を教えてもらった方が
いいんじゃないか、ドク、これじゃ廃墟の方がましと
いうものだぜ」とも言ったではないか。
そしてドアから出ていこうとしたところで、
「おい、カーニィ」とジェイが呼び止めると、
レイはその緑の瞳に獰猛な光を宿しつつ、
「カーニフェックスだよ、Assholeくそ野郎」
そう応えたところに、
Assholeくそ野郎のカーニフェックスだな」
と繰り返してからかってみせ、
「その愉快なスーツを何着持ってるんだ?」とさらに
被せてみせると、
「6着か8着くらいかな」
カーニフェックスは不承不承そう応えてから、
「それがどうしたというんだ?」と返したところに、
「さぞかし血の染みを落とすのが面倒だろうからな」
ジェイがそう応えると、
「そのくらいにしとくんだな、Shamsuシェイマス(探偵を現す俗語:チクリ野郎くらいの意味)」レイはそう言い放ち、
「さもなくば痛い目を見ることになるからな」そう捨て台詞を残してから、
ドアをぴしゃりと閉めて出て行った。
Shamusちくり野郎だって?」ジェイはそう言って、
「あいつ、俺をちくり野郎と言いやがった」そう繰り返してから
タキオンに視線を向け、
「行くつもりか?」と言葉を投げかけると、
小柄な男はまっすぐに視線を返して、
「それしかないようですね」と応えていた。
ジェイはため息を漏らしつつ、
「そういう展開になるんじゃないかと思ってたんだ」
そう零してみせたのだった。






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