ワイルドカード7巻 7月23日 午前11時

   ジョージ・R・R・マーティン
       午前11時


どうやらつけられているようだった。
タクシーのサイドミラーを見つめ、
「追ってきているようだ」と言葉にすると、
「何ですって?」タキオンはそう呟いて、
後ろを大きく振り返り、後ろのボルボ
見て絶句しているところに、
ジェイの手を取ると「落ち着くんだ、心配ない。
まぁなんとかした方がいいんだがね。
それで運ちゃん」そう言いながら財布を取り出すと、
「グレイのダッジを巻いてくれたら、追加で50ドル
だしてもいい、三台後ろにいる奴だ」
「よござんすとも、ミスター」運転手はそう返し、
微笑んでくれた。
そこで札入れの中を掻きまわして、なんとか13枚
見つけだした。
これも必要経費というものだろう。
中身をぶちまけるように取り出して、タキオンの前で
ひらひらして見せると、タキオンはぶつぶつ文句は
言いながらも、足りない分を取り出すと、運転手の
シャツポケットに一緒に突っ込んでくれた。
そこで運転手はスピードをあげて、激しい軋むような
音を立て見事に左折してのけて、タキオンもジェイの
膝を打って喝采し、ブレーズもご満悦ときたものだ。
K`ijdadパリでもこんな具合でしたね……」
そう零したタキオンに、
K’ijdadって?」と訊き返したが、
「お気になさらずに」と言われ流されてしまい、
ただでさえあなたは
私の秘密を知りすぎていますからね」とまで
言われてしまった。
そこで後ろを見て、
「まだ巻ききれていないようだが、心配は
いらんだろうな」と返し、
「それでこれからどうするつもりですか?」
と剣呑な視線を向けられ訊かれたが、
「まだ<長いおわかれ*>には早いという
ことだろうな……」と適当に答えたところで、
前方にモーテル6の看板が見えてきた。
「セイラはまだあそこにいるのですね」
タキオンががふと漏らしたその名前を思い出すのに
少し時間がかかった。
そうか、セイラ・モーゲンスターンか。
確かハートマンを告発しようとしたレポーターで、
かのマッキィ・メッサーの襲撃を掻い潜っていた女じゃ
なかったか。
「やれやれ、ニューヨーク・フィル合唱団も
全員いて、ドジャースもいるかも知れないぜ」
と茶化してみせると、
「これは笑い事ではないのですよ」と案の定、
まじめに返されてしまった。
「ほうそうかい、だとしてもなるようにしか
ならんさ……」そう応えたところで、タクシーは
モーテルの敷地内に入っていった。
そこで停車する前に、運転手に10ドル渡すと、
タクシーはそこから離れていった。
それからアスファルトを踏みしめて歩くことになって、
一歩ごとに肋骨に響くのを我慢して進むと、
ドアが開かれて、60代と思しき丸い頭の男が
顔を出した、その後ろにはベットがあって、
顔色の悪いブロンドの女が枕を掴んでテレビを
見ているようだった。
ロシアの男が一歩下がったところで、三人は
急いで室内に入り込み、ジェイはドアを閉め、
鍵をしっかりかけていた。
そこでタキオンは金髪の女に駆け寄って、
ブレーズがロシアの男をハグしたところで、
「説明している時間がありません」
そう言い放つともどかしいとばかりに
ドレスの前に手をかけると目にもとまらぬ早業で
それを脱がせていて、
「ハートマンに知られたようです、どうも追っ手が
かかっているようです」
そこでたまらず悲鳴をあげ、手で体を隠したセイラに、
「シャワーに入ってください」タキオンがそう告げると
ブラだけをつけた状態になっていたセイラを眺め、
どうやら他の毛も金髪のようだ、とジェイが思い
悦に入っていると、
「急いでください、それから出てこないことです、
それで時間を稼げるというものでしょうから……」
タキオンはそう言うと、ブラも抜き取っていて、
ジェイがその見事な手際にあきれていると、
「もう時間がないな」ロシアの男が他人事のように
そう呟いていて、
ブレーズを引き離すと、
「ええ」タキオンがそう応え、
「ジェイがあなたをアトランタから
無事脱出させてくれることでしょう。
お願いですから、ブレーズ、離れてください!」
そう言い添えると、ロシアの男は少年から離れていて、
「開けろ、出てこい」そんな声が聞こえてきた。
その声に聞き覚えがあった。
カーニフェックスだ。
「急いで!」タキオンのその声に促されるまま、
ジェイは肩を竦めて、指を銃のかたちにしてロシアの
男を指さすと、ポン、という音が鳴り響き、
タキオンは引き出しからウォッカを取り出すと、
ベッドに滑り込んでいて、
ドアが弾け飛んだかと思うと、ビリィ・レイが
飛び込んできた。
しかもその手には銃が握られているではないか。
しかもダーティ・ハリーが持っていたような
でかい銃だ。
白いグローブに握られてその黒光りはえらく
禍々しく思える。
それをタキオンに向けつつ、ジェイにも
気づいているのだろう。
もちろんそんなものをぶちかまされてはたまったもんじゃない。
「おい、あいつはどこだ?」
そう言い放ったレイに、
「あいつってのはどいつだ?」ジェイがそう言って
惚けてみせると、
Assholeくそったれが!」
カーニフェックスがそう言って苛立ち紛れに振り回した
手に押しのけられて、ジェイは腰をしこたま打ち付けて
座ったかたちになった。
そこでカーニフェックスは辺りを見回して、
クローゼットに目をつけると、扉を引きちぎるようにして、
中身を引き出してぶちまけたが、もちろん
ロシア人など入っているはずもない。
レイはそれを見て、露骨に嫌な顔をして、
今度は浴室に目をつけた。
「出てこい、今すぐだ!」
「せっかちな坊やたちだこと!」強い南部訛りの
感じられるはすっぱな声でセイラがそう応えると、
カーニフェックスはずかずかと浴室に入っていって、
カーテンをとっぱらったが、
セイラの叫び声が聞こえたかと思うと、
ピシャリという音の後に、
レイが頬を赤くしてびしょぬれになって
出てくると、
「ここにいたはずなんだ、あの忌々しいロシア人は
ここにいたはずだ」そう張り上げられた声に、
「ロシア人だって?」ジェイは肩を竦めてみせて、
タキオンに視線を向けながら、
「誰かロシア人を見かけたか?とさ。あんた、
ロシア女にでもかつがれたんじゃないのかい?」
とからかってみせると、
「それじゃなんで素直に出てこなかったんだ?」
さらにそう声を張り上げたレイに、
タキオンは持ったウォッカをぐびぐび呷り、
「女を買ったところを、記者にかぎつけられたかと
思いましてね」そう惚けてみせた。
「餓鬼をつれてそんな真似をしたのか?」
レイは手に持った44でブレーズを示すようにしながら
そんなことを言ったものだから、
「銃は降ろしていただけませんか、万が一でも暴発しないと
も限りませんからね」たまらずタキオンがそう言い立てて、
咳ばらいまでしてのけた。
「撃たないなんていった覚えはないぜ、この小僧にも
しつけが必要だろうからな」すごんで室内を見渡した
レイに、
「そろそろ知ってもいい頃合いだと思いましてね。
上等な部屋とは言い難いですが、女自体は悪くない
たまです、私も自分で試しましたから。
そういえば私が父から女をあてがわれたのは14歳の誕生日
のことでしたね……」しれっとそう返したタキオン
呆れたのか、カーニフェックスは壊れたドアのところから
憤然と出て行った。
そのタキオンの落ち着き払った様子に感心しつつ、
「14歳だって?」ジェイはそう言って
「まじか?」と被せると、
「さてミスター・アクロイド、どうでしょうかね」
タキオンはまたしれっと言ってのけたではないか。


http://d.hatena.ne.jp/thunderstrike/20100529