ワイルドカード7巻 7月23日 午後9時

   ジョージ・R・R・マーティン
        午後9時


勢いよく両開きのドアが開かれて、
「ご家族ですか?」と声をかけられた。
えらく疲れた声だった。
ジェイは腰を上げると、「友達ですよ」と応え、
ブレーズのいる方に立てた親指を向け、
「こいつは孫ですよ」と言い添えると、
「お孫さんですか?」
そう言って困惑していたのはほんのわずかの間だった。
「あぁ、そうなりますか」そう言い直し、
「患者が見た目より年かさであることを失念して
おりました。そういうことなのですね……」
医者がそう言って唸っているところに、
「問題なのはそこじゃないだろ」
ジェイはそう言い返し、
「処置に耐えられたかが問題のはずだよ」
そう言い添えると、
「出血が多く、臓器の機能不全の恐れがあることも
否定できません」そう返されたではないか。
確かにひどい状態に思えた。
幸いといっていいかどうかわからないが、
駆けつけた救命救急の処置が良かったのか、
持ち直したように思っていて、まさか
出血が生死の境を分けるほどひどいものだ
とは思っていなかった。
止血も終わっていたじゃないか。
手は……
もはやどうにもならないにしてもだ。
確かにひどい切られ方だった。
回収できた指も二本だけで、
傷口も……
引きちぎられたような状態だった……
やはりつなげることはできなかったのだろうか。
手術が可能だというのは思い込みだったということか……」
「まぁいいさ」
沈み込んでいた思いから己を引き離すように
そう言葉を向け、
「片手は仕方ないとしてだ、それはこの際たいしたこと
じゃない。命が助かるかどうかが気になるわけだが……」
医者は応えにくそうにしていたが、ともかく頷いて、
「そうですね」そう応え、
「そうですとも、際どいところとはいえ、
何とか安定させることはできました」
そう言葉を継いだところで、
「会いたいんだけどね」ブレーズがそう言いだした。
いかにもじれったくてたまらないという感じの声だった。
「申し訳ありませんが、集中治療室にお入れするわけには
いきません」医者はそう言うと、
「おそらく明日ならば、別室に移せ……」
「今会いたいんだ」ブレーズはダークパープルのその瞳を歪め、
遮るようにそう言い募ったが、子供らしくはにかんで黙ってしまった。
そこで医者は踵を返し、両開きのドアを開けて中を見せてくれた。
タキオンの傍には輸血のパックが吊り下げられていて、そこから
つながったチューブからタキオンの腕に点滴されいる。
他には鼻につながったチューブと体のあちこちにつながった
ワイアーのようなものも見て取れる。
タキオンの目は閉じられたままながら、綿糸の病院着の下の胸が
規則的に上下しているのは何とか判別できた。
「絶対安静です」医者がそっとそう呟くと、ブレーズもようやく
納得したようで、
「痛みは緩和されています」そう添えられた言葉にジェイが
頷いて返し、ブレーズに視線を向けると、少年は祖父を上から
見下ろしていて、刺すような視線だと思っていると、瞳に微かな
光が反射したように思えた。
おそらく涙を零したのだろう。
モニターに映し出されている弱々しい心電図の意味を汲み取ったと
いうことだろうか。
ともあれ「もういいだろう、ブレーズ」ジェイはそう言って、
「ここにいてもできることはないだろう」そう言い添えて、
待合室を抜けてテレビの前に行った。
党大会は大分紛糾しているようだった。
ジェシー・ジャクソンが演壇に立っていて、人々は叫び、
天井にぶつかったバルーンが落ちたり、プラカードが乱暴に
振られたり、バンドの演奏の元、<Happy days are here again
の唱和が流れたりしているではないか。
ジェイは怖気を感じつつ、ナースステーションに立ち寄り、
「何かあったのか?」と訊いてみたが、
ジェシーが演説しただけですよ。聞いとくべきでしたね。
涙がでてきましたから。ジェシー支持の代議員全員がハートマンの
応援に回ってくれたそうよ。これで大勢も決して落ち着いたわね」
落ち着いただって?こいつはさらなる悲劇の幕開きにすぎんさ。
そう言い返してたまらなかったが、下唇を噛んで黙ることにした。
ブレーズもテレビの前に立っていたが、何だか高揚したような
表情を浮かべていて、ジェイが視線を向けると、顔を上げ、
熱の籠ったような視線を返し、
「ハートマンが選ばれると思ってたよ。ジョージの言った通りだ」
と言いだしたではないか。
そこで映像が切り替わり、アトランタの路上を映し出していた。
そこでは数多のジョーカーがひしめいていた。
どうやらオムニ前の路上のようで、「ハートマン!」と叫ぶ声が
どんどん高まっていって、それはパレードの様相を呈し、ピーチ
ツリーから連なっているとのことだった。
動く度に、その流れは大きくなっているのだ。
大きな愉悦に包まれたピードモント公園が映されたかと思うと、
党大会会場を映し、それからまた路上に画面は切り替わっていった。
その切り替わりが事態の推移そのものを映し出しているようで、
ブレーズの肩に手を置いて、
「ホテルに戻ろう」と声を掛けた時だった。
「ねぇ、あれサーシャじゃないの?」少年がそう言いだした。
ピードモント公園を映し出した画面に目を凝らすと、
ダース単位のジョーカーが焚火を囲んでひ踊り興じていて、
50人ほどの人々がその姿を見守っている中、
その見つめている輪の中にその男はいた。
焚火の明かりに照らされて、黒い髪、鉛筆の先のように
尖った口ひげ、そして目のない青白い顔が見て取れた。
Sonofabitchあの野郎」
そう零さずにはいられなかった。
そう言えばサーシャのことは完全に失念していた。
どうかしていたといっていいだろう。
この男なら、必要な真実を全て知っているに違いない。
そこでマリオットにいた時、そこでブレーズが
精神支配をジェイに向けて使ったことを思い出し、
まるでいいたずらが思いついたとばかりに、
「おい坊主」そう声をかけると、
「探偵ごっこはしたくないか」
そう囁いていたのだ。