ワイルドカード7巻 7月24日 午後5時

      ジョージ・R・R・マーティン
          午後5時


「それじゃ顔を上げさせて、躍らせてみせようか」
それはブレーズがピードモント公園で初めて
チャームを見た時、浴びせかけた言葉だった。
記憶がそこに戻って、マスターとやらがそれを
味わっているのだ。
チャームはすでに40分近く踊り続けていて、
真ん中の女性の身体にくっついた二本の脚は、
20分程前に止まって動かなくなっているものの、
ジョーカーの残りの脚は無様に動かされていたが、
結局疲れ切って長椅子の上に倒れこみ、横になって
脚をピクピク痙攣させている。
そこで束の間の静寂を破るかのように、サーシャと
百足人間が部屋に入ってきて、
「お愉しみいただけてますか?」と
サーシャが声を掛けると、
「実にいい」とティ・マリスがブレーズの
声で応えた。
「他の者の精神を捉えることによって、
その者の感情が、肉体の感覚同様に
感じることができるのだ……
全ての匂い、色……二人もしくは三人の
触った感じまでも……実にたまらない」
「とっておきだもの」マットの上のエジリィが
そう言っていて、片手を少年のむき出しの脚に
添わせている。
「この子の力は役に立ちますよ、マスター」
サーシャがそう言葉を被せ、
「エースですらもはや望むがままになるでしょう。
この少年を用うれば、奴らは無力というもの、
難なく捉えられるというものです」
「いかにも」怪物がブレーズの声でそう告げ、
「よくやってくれた。すぐに口づけをくれてやろう。
愛しき者よ」それを聞いたサーシャが、棒を放り投げた
犬が丁度こんな顔をしているといった表情を浮かべて
いるところに、
「こやつを使えば、味わったことのない感情を
味わうこともできよう」
ブレーズがマスターに代わってそう言っていて、
「死にかけた者の精神に寄り添い……じわじわと
死んでいく苦い味わいを……闇から啜りだすように、
味わうこともできよう……そうとも……」
そこでブレーズは顔を上げ、ゆっくりと舐めるように
室内を見渡したかと思うと、上に乗った怪物が
青白く、薄い目を開いたところで、
「そいつだ」百足人間がナイフを握ったままの数多の指で
ジェイを指していて、
「殺した方がいい。そいつは依代をどこかに送ることが
できるんだ、危険この上ない奴です」
そこでブレーズの菫色の瞳がジェイに据えられて
奇妙に見開いたかと思うと、マスターとやらは曖昧な
表情の中に、恐れのような感情を浮かべていて、
ジェイとブレーズの間にハイラムが割って入り、
「だめです」ハイラムはそう言って、
「ジェイはだめです、貴重なエースじゃありませんか」
と言いだした、
「アクロイドもまた味わい深いエースに違いありません」
サーシャもそう言って同意を示し、
「投射式テレポート能力を持っています。
こいつを使いこなせば、もはや敵なしというものです。
指でさされるだけで、どんな窮地からでも脱出が可能と
なるのですから」そう継がれた言葉に、
「それはいい」と応え、その瞳を動かして、
百足人間のところで止まったかと思うと、
百足人間はしばらくそれが何を意味しているか理解して
いなかったが、
「やめてください。マスター」そう口に出し、
「俺は、俺は役に立ちます……」と言い募ったが、
「ジョーカーだけよ」エジリィがそう告げて、
「死を味わいたがっているの、とっておきの死をね」
そう宣告すると、
「お言葉ですが」百足人間はそう被せ、
「こいつらはエースで、危険な存在ですが、
俺はそうじゃない。頼む、お願いだから、……
俺なら安全というものだから……」そう言い募ったが、
「こいつは口づけを独占したがっているわね」
エジリィがそう言って、
「ナイフで殺そうとしたこともあったな」
サーシャが冷たくそう指摘し、
ブレーズの瞳が微かに細められたかと思うと、
指からナイフが転げ落ち、石の床に転がったかと
思うと、
「ハイラム。何とかしたらどうだ」
ジェイの声にハイラムは視線のみを向けてきたが、
百足人間はブレーズの力に捉えられたようで、身動きは
できなくなっていたが、口だけは動くように残されていて、
「頼む、お願いだから、他の奴にしちゃくれまいか……」
最後にはすすりなくようになりながら、そう叫び、
いて、
「あの女か……その女でもいい。そうだ、チャーム、
チャームならどうだ。口もきかないし、薄ノロじゃないか。
あいつがいいだろう。マスター。お願いだから、俺はよしてくれ。
愛しているから」命乞いは続いていたが、
「ブレーズ!」ジェイはそう叫び、
「そいつを開放するんだ!」そう被せたが、
少年は視線を向けもせず、
百足人間は半ダースほどの右手で左手の上を掴んだかと思うと、
「愛してる、マスター」そう呻くように漏らし、
「愛してる、愛してる」と続けながら、痛みから甲高い叫びを
あげて、左手を引きちぎって、血が噴き出していて、
「愛しているそうよ」エジリィは血にまみれた腕が
落ちて転がるのを見ながら微笑んでいて、
まだ身体から離れていない腕が、さらに指が添えられるのを見ていた。
ハイラムは部屋の奥までいって、天井を見つけていて、
ジェイも見ていられず、目を逸らし、ブレーズを見ると、
その顔は今までみたこともない暗い表情に歪んでいて、
股間の間のものを隆々と聳え立たせ、そこから迸ったものを
エジリィは口で受け止めていて、
ジョーカーの手が身体から離れたところで、
唇を舐めてから、
「あのお方はもはや愛していないの」そう言い放っていたのだ。