ワイルドカード7巻 7月24日 午後9時

      ジョン・J・ミラー
        午後9時


どうやら先に押し入った奴がいるらしい。
寝室に続く窓のところまで先に行って、下の
非常階段のところにいるジェニファーに
上ってくるよう視線で促しつつ、そう考えて
いた。
ガラス切りのようなものです一部が切り取られて
いて、一度開けたらしいことが見て取れた。
そして安堵の息をつきつつ、そこで待つことに
した。
右腕は手首から肘まで合成樹脂で固められて
いて、ずきずき痛んだままで、ここまで
それを気にしつつ上らなければならなかった
のだ。
それからロフトの二階に続く窓に手を掛け、
そこが閉鎖された印刷会社の跡であることも
把握していた。
そして鍵のかかっていないことを確認してから、
強く力を入れ、窓を持ち上げて開け、寝室に
入っていった。
暗く静寂に満ちていて、用心してそこで
待つよう目配せし、ジェニファーが頷いた
ところで、寝室に目を凝らすと、ロフトの
一部であるその部家からはいくつかの小さな
部家につながっているのが見て取れた。
闇を縫って進んでいくと、他の部家も
ほとんで寝室であることがわかったが、
一部屋だけ防音処理のされた部屋が
あって、拷問部屋のようであったが、
どこも無人のようだった。
巣穴のような部屋に面して、えらく贅沢な
キッチンと、ロフトの半分を占める白い
カーペットの敷かれたリビングがあった。
廊下を抜けて闇に眼を凝らしリビングを確認
すると、そこも無人のようだった。
そこで灯りをつけると、壁に恐ろし気な絵が
何枚か描かれているのが見て取れた。
そしてその内の一つをよく見ようと近づいた
その時だった。
視界から外れていたソファーの陰から、隠れていた
何かが飛びだして、肌色の断片を認識したところで、
ハヤブサのような素早さでそいつは襲い掛かってきた。
それは、顔の下半分に棒のようなものを突き出した
ジョーカーで、さらにその下には緑に爛々と輝く瞳が
見て取れた。
ブレナンは咄嗟に屈んで、片手を上げ、顔を庇うように
していると、そいつは何かで手を突っついてきて、
痛みで銃をとり落とすと、その怪物はくるっと身を翻し、
顔の下に吹き出物のように突き出た棒を硬直させ、
再び槍のように突いてきた。
そこに甲高い音が終わりがないかのようにリビングに
響いたかと思うと、怪物は怒りと苦痛の呻きを漏らし、
身を離していた。
ブレナンが音のした廊下の先に目をやると、ジェニファーが
まだ硝煙の立ち昇っているピストルをもって立っていた。
イトマキエイのようなジョーカーは回転しつつ、今度は
ジェニファーに飛び掛かったが、ジェニファーは幽体化
したため、突き抜けて寝室に飛び込んでから、ガラスを
突き破って外に逃げていった。
「あれは何なの?」
ジェニファーは震える声でそう訊いてきたが、
「わかるはずもない」ブレナンはそう応え、
「番人というところか?」そう言葉を継ぐと、
「だとしたら、役立たずもいいとこね」
ジェニファーはそう応えると、ブレナンに
駆け寄ってきて、尻餅をついていたブレナンが
立ち上がるのに手を貸してくれた。
そこでブレナンは銃を拾い上げ、それから再び、
霞む視線をリビングの壁面の絵に向けつつ、
「何が描いてあるのだろう?」そう言葉を漏らすと、
Veveヴェーヴ(紋様)ね」ジェニファーはそう応え、
「ハイチに伝わる、Loaロアと呼ばれる
存在のシンボルだわ、ヴードゥーの神々を表すようね」、
「そうか」ブレナンはそう応えたものの、実際は何のことだか
わからずにいて、そんなものがクリサリスの死に一体何の
係わりがあるというのだろうか、と考えていて、
そのままふらふらと寝室をさまよってみたものの、
何も見つけられずにいて、
「何を探したらいいのかしら?」ジェニファーにそう訊かれ、
「何かとしか言えない」そしてそこから微かな希望を見出そうと
するように、
「正気と思えない犯行の理由につながる何か、もしくは
サーシャの居場所につながる手がかりでもあればいいのだが」
そう言葉を継ぐと、
ドアを開け、そこにクローゼットがあるのに気付いた。
中には乱雑に衣服が詰め込まれていて、そのほとんどは
コートのようではあったが、男性用の物もあれば女物も
あり、着る年齢もまちまちのようだった。
ブレナンは、オーディティがクリサリスの寝室のクローゼットを
探っていたことを思い出し、
クリサリスが何らかの遺志を残したコートがあるのかもしれない。
と思い定め、
「一緒に探してくれないか?」
後ろについてきていたジェニファーにそう声を掛け、
「何か見つかるかもしれない……」そう言葉を継いで、
最初に目についたミンクのコートに手を伸ばしかけた
ところで、軽い感じの亜麻のジャケットが
掛けられているのに気づき、ジャケットの方を
取り出すと、それを見つめていた。
白く清潔な感じの代物ながら、ボタンの淵にだけ
血の染みのようなものがついていて、それをしばらく
眺めてから、ポケットの中を探ると、左側のポケットには
何も入っていなかったが、右側には骨董品と思しきトランプの
カードが入っていて、それをシャッフルしつつ見定めると、
スペードのエースだけが欠けていることがわかった。
そこで顔を上げ、ジェニファーに視線を向けていた。
その顔からはもはや、失望し疲れ果てた感情も、そして痛み
すらも消え失せていて、
静かでそして強い意志を込めて、
「クリサリスを殺した奴は」そう言葉を絞り出し、、
感情を込めず、
アトランタにいる」
そう告げていたのだ。








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