ワイルドカード7巻 7月23日 午後11時

  ジョージ・R・R・マーティン
     午後11時


調子っぱずれのコーラスのような唄声が
闇を縫って聞こえている。
レオ・バーネットが聞いたら耳を覆うので
はあるまいか、と思えるようなそういう類の
唄声だ。
道自体は左に曲がっているが、ジェイは
構わず、木の間をつっきることにした。
ブレーズも不承不承ながら後をついて
きている。
火はほとんど消えていて、灰の中から
微かな燃え残りが燻ぶる光が窺える程度と
なっている。
テントでうずくまっているジョーカーの姿は
散見されたが、何人かが寄り集まっているのかと
思ってよく見ると、それは結合双生児で、何人と
カウントしてよいものかと思っていると、
唄は止んでいて、一斉にジェイに視線を向けてきた。
それは5人ほどをより集めてこねあげたような姿を
していて、ジェイはいたたまれずに視線を背けていた。
5人分の身体に4つの首、7本の足が突き出ていてはいるが、
もちろんその数には手か触手か区別がつかないものは含めて
いないのだ。
Oh Grossくわばらくわばら!」などとブレーズが悪態を
呟き始めたが、ジェイはそれに無視を決め込んで、
ジョーカー達も気にしなければいいのだがと思っていると、
「ねぇ訊きたいんだけどさ」とブレーズは言いだして、
「友達を探しているんだ、サーシャって言ってね。
がりがりだけど髪はつやつやで、着るものには
うるさいって感じの古い映画に出てくる典型的執事が
生やしているとでもいうような鉛筆みたいに尖った
口髭の奴なんだけどね」と言葉を継いでいたが、
もちろん返事はなく、「見なかったかな?
それじゃ耳にしただけでもいいんだけどね……」
と言い添えたもののの、4つのどの頭にも
反応はなくて、ジェイが嫌がっているとも
理解しているとも測りかねていると、
ブレーズがしばらく黙りこんだものだから、
「知らないかな?クリスタル・パレスにいた男だよ?
ニューヨークから来たのじゃないのかな?」と
ジェイが助け舟を出すと、
「無理矢理聞くこともできるんだよ」とブレーズが
物騒なことを言いだして、
「それじゃ顔を上げさせて、躍らせてみせようか」
と言い添えたところで、
「そいつは話せないのよ」と後ろから女の声が
聞えてきて、振りむくと、木の下の影に紛れて
座っているのがかろうじて見て取れた。
そこでジェイが「歌が聞えたもんだからね」と
言葉を継ぐと、
「歌うことはできるのさ」落ち着いた声で
そう返されてきた。
若い女の声のようで、月明かりの下でその肌の
青白さが際立って見える。
前を大きくはだけたブラウスを着ていて、
腕には何かを抱えているようだ。
「歌えるけれど、話せやしないのさ」
Ohなんてこった」
ジェイは数フィート離れたところで立ち止まり、
視線を凝らすと、胸に円錐型のかたちをした青白い
子供を抱えていて、あやしているのがわかった。
やさしく揺すりながら、授乳をしているようだった。
まだ18歳にもなっていないように見えるのに、と
ジェイはそう思いつつ、その赤く丸い姿はまるでボーリングの
ボールのような子供だと思いながら、
「悪かった」ジェイはそう言って、
「邪魔するつもりはなかったんだが……」
そうもごもご言い添えたところで、
「サーシャの居場所なら知ってるよ」女はそう言って、
女の後ろの闇の中で、何かが動いたかと思い、
上に視線を向けると、目のようなものがこちらに
向けられているのに気がついた。
薄い緑色に獰猛さの感じられる瞳のようだった。
その瞳に気をとられていると、背後から足音が
聞えてきて、首筋に悪寒のようなものを感じ、
視線の強さにのしかかるような恐怖が膨れあがっていって、
女と赤子から視線を逸らし、腹の底から滲んでくるような
恐怖をできるだけ気にしないよう努め、
「ブレーズ!ここから出た方がいいようだ」
そう言って振り返ると、
少年の後ろにはサーシャが立っていて、
目のない顔をジェイに向けている。
そこにはエジリィもいて、驚くことに
一糸も纏わず、闇の中に爛々と赤い目を光らせている。
残り火よりも強いその光をジェイを向けながら、
何も言わずにいて、
ジェイは何か音を立てて、ブレーズに気づかなければ、
などと考えて、サーシャを見て、それからエジリィに
視線を向けると、エジリィの瞳が大きくなっていき、
サーシャが笑みを浮かべている。
それはタキオンならけして浮かべない類の笑みだった。
それなのに少年はまだ気づいていない。
「サーシャ……」ジェイはそう声に出していて、
「無駄だよ」サーシャはそう応え、
「もはや手遅れだ」そう言葉が継がれたところで、
闇の中から裸足で棍棒を持った何かが音もたてず滑り
出てきて、ジェイは身を捩って、その一撃を躱し、
指を銃のかたちにして、そいつを飛ばすことには
成功したものの、何かが背中に飛びついていて、
脚をもつれさせ、倒れたところで、長い爪で顔を
引っ掻かれ、目を突かれる寸前で、その手を掴み、
振りほどこうとして、動かすことのできた右手で、
右側の小柄な少女を飛ばそうとしたものの、左手の
親指の下辺りを齧られていて、痛みに呻きを漏らすと、
ようやくブレーズはエジリィに視線を向けていて、
Heyお〜い!」なんて声を上げはしたが、
左の親指を加え振り回している女は、蹴りまで
いれてきたものだから、ジェイはたまらず手を
振って振りほどき、落ちた女を右手で指さして
飛ばそうとしたところで、
「やめろ!もういいだろう」とサーシャが叫んでいて、
人々の動きが止まったところで、ブレーズはサーシャを
見つめ、集中して精神の拳で捉えたはいいものの、
その背後からあの結合双生児のような連中がよたよたと
忍び寄っていて、ジェイはOh jesusなんてこった、
などと思い、「逃げろ!」とブレーズに向けて叫んだ
ところで、視界の隅に何かが動くのを捉えていた。
茂みの中の緑の瞳の主が姿を現し、下の草地に
滑り降りていた。
イトマキエイのような顔をした奴だった。
服を着ておらず青白くざらざらした感じの肌をして、、
顔の真ん中から棒のようなものが突き出て垂れていて、
その下に目が埋もれたようになっている。
こいつの胃に納まるのは御免だ、などと考えていると、
その後ろからもわらわらとジョーカーがはい出てきた。
柔らかい血が固まったような暗い肌の色をしたものや、
アイスピックを握った少年、片手にナイフを持った人間
百足やらが駆け寄ってきて、ジェイを取り囲み、アイスピック
野郎はなんとかしたものの、先ほどの子を抱えた若い女
近寄ってきて、子供を武器のように頭上に翳したところで、
ジェイは一瞬躊躇ってしまっていた。
そのわずかな隙をつかれた。
数多の手が背後から伸びてきて、強い力で掴まれたかと
思うと、天地がひっくり返っていて、かと思うと、
堰を切ったような痛みに、
覆われていたのだ。