ワイルドカード6巻第三章 その5

         メリンダ・M・スノッドグラス
           1988年7月20日
            午前12時正午


トロールが一人でクリサリスの棺を捧げ持っている。
彼はジョーカータウンクリニックの保安主任を務める巨漢の男であり、
赤子が眠るかのごとく揺れる棺は、
葬列と共に教会の裏手に向かい、
祈る人々に送られて、
烏賊神父による香と聖水に祝福された場所に、
タキオンによって土に穴が穿たれて、
ゆっくりと暗く虚ろな土中に沈められていく際に、
キィキィとガラスを引っ掻くような暗く虚ろな音が響いて、
タキオンは身震いを禁じえなかった。
日は翳っている。
ニューヨークのスモッグを思わせる影に覆われているようだ。
もういいだろう。
もはや死者が埋葬された以上、アトランタに戻らなければならない
わけだが、
訪れる人の波は絶えず、
30分あまり握手などを交わしているうちに費やしてしまった。
さすがに潮時だろうと、
その青白い手を赤い手袋で覆おうとそっと取り出したところで、
「こんにちは、神父さま」
という聞いた覚えのある懐かしい声が耳に飛び込んできて、
「お久しぶりですね、ダニエル」
そう思わず声をかけていた。
そしてブレナンの手をとって、
固く抱きしめていた。
とまどっているかのようなブレナンから身を離し、
手をとったままいたずらっぽく目で合図して言葉をかけていた。
「話しませんか」と。
墓石が複雑に入り組んで人々の目を隠したような場所を選んで
向かったつもりながらも、
それでも目を赤くした女性が見咎めるような視線を向けている
のに気がつかされてブレナンに訊ねていた。
「あの美しい金髪の女性がジェニファーですね」
「はい」
「今は幸運といえるかもしれませんが、それもあなたが逮捕されては
翳るといわざるえません、どうして戻ってきてしまったのです?」
「一時的なことにすぎない……殺しの犯人をみつけだすまでのことだ」
「それで何か掴めましたか?」
「何もつかんでいないといったところか……」
「それでもあたりくらいはつけているのではありませんか?」
「キエンの仕業ではないかと考えている」
タキオンは首を振って言い返していた。
「それはないでしょう、あなたがこの街から出て行くことと
引き換えに抗争を終らせたのですからね。
そんなことをしたらまた殺しの連鎖が始まるでしょうに」
「そうも言い切れまい、火の粉が飛び散ってきたら掃うまでだ」
それでタキオンは幾分冷ややかに言い添えるにとどめた。
「どうしてもやっかいごとに首を突っ込むというならせめて手を貸したい
ところですが私はアトランタに戻らなくてはなりません。
それまで動かないわけにはいかないのですか?」
「すべての片がついたら俺とジェニファーはニューヨークを出て行く
のだから構うことはない」
「どうしても係わらなければならないならば……用心することです」
返ってきた言葉はやはり飾り気のないものだった。
「ならばそうしよう」
という言葉のみであったのだ。