その2

     スティーブン・リー
       午前9時


病院というものは食欲をそそる場所であり、実際
パペットマンは飢えているわけだが、
グレッグは背もたれにもたれるようにして
コンパック・ポータブルの画面から目をそらし
目頭を擦りつつ、
<トニー、少し休むよ、あの演説原稿は悪くないね、
戻ってからもう一度目を通して、最終チェックを
してから連絡するよ、ご苦労さん>と
素早くメッセージを打ち込んでモデムを通して、
カルデロンの元に送ると、
また目頭を擦りながら、
「疲れたのじゃないかね?」と声をかけると、
エレンはベッドの上から微笑み返してくれたが、
まだぼんやりしている様子で、
「次の大統領になるにしても、もう少しちゃんと寝るべき
じゃないかしら、ジャックはあなたがジェシーと夜っぴいて
話し合っていたと言っていたわよ……」
「あれは記念すべき夜だったよ、エレン、実際ジェシー
スピーチは素晴らしかった、聞かせられなくて残念だったね、、
あなたを連れていくべきだったな……」
エレンはそれに悲しみを纏わりつかせた笑みを返しはしたが、
青白い顔をしてほとんど透明に思えるくらいで、その目は
腫れぼったく暗い色を宿したままで、グレッグが想像した
以上に嬰児の死は深くその身を蝕んでいるようだった。
「今夜のあなたの演説は聞きに行くわ、止めても無駄よ、次の
アメリカ大統領を誕生させる演説ですからね。
さぁキスしてちょうだい」気丈に絞りだされたその言葉に……
「次の大統領になれるかな?昨日の投票は散々だったからね」
と訊ね返すと、
「ニューヨークの投票では次の大統領グレッグ・ハートマンに
みな投票したがるのじゃないかしらね、他の州も同じじゃない
かしら?」そう言ってグレッグに手を伸ばしてきたエレンに、
グレッグはベッドに乗って優しくその唇にキスをしていると、
パペットマンも手を伸ばそうとして、
さぁ味合わせてくれ……
などと囁いているではないか。
駄目だ、もう十分にこの人は味わったではないか、
もうそっとしておいてやろう……
お優しいことだな、感傷にでもかられたか?
内からそう揶揄する言葉が響いてくるがとりあわないでいると、
だったら外にでようじゃないか、ともかく飢えているんだから……という言葉をよそにエレンを抱きしめて……
「そうだ」と声を上げ、
「ちょっと歩いてくるよ、患者たちと握手してこなくてはね」
と言葉を添えると、
「まだ選挙運動は続くのね……」とエレンはからかい交じりにそう
言葉を返して、
「すべて終わったらきっと握手をするのもいやになるでしょうね?」
その言葉に添えるように複雑な笑みを浮かべているエレンに……
「だといいのだけれど」とグレッグが応えると、
パペットマンも内でその言葉を繰り返していたのだ……
呪わしく皮肉に……
何度も何度も……