その10

      ウォルトン・サイモンズ
         午後7時


スペクターはベッドの陰に身を潜め、
コリンがインタビューで語っていたように、習慣を
きっちり守ってくれていたらいいが、と願いつつも、
シャワー室に押し込んだままのヘースティングの
ことを思い出しつつ、
あいつも一緒に押し込む段になれば、そのときは悪臭も
感じなくなっているだろうが、
だとしてもだ。
メイドが見回りくることもあるだろうし、そうなれば
こいつは見つかってしまうことになる。
そう考えて腕時計で時間を確認すると午後7時丁度に
なっていた。
どうやらあのジョーかーは定時より遅れているようで、
ちっとも姿を現しやしない。
そんな考えにとらわれ焦れた挙句、廊下に出て様子を伺いたく
なってきた。
なにせ調達してきたマスクは、あの男のマスクに合わせてある
から、今更他のマスクを調達などしていられないというものだ。
そんな焦りにとらわれてドアの前に立つとようやく足音が
聞こえてきた……そこでスペクターが再びベッドの後ろに
隠れると、
ドアが開かれて、
それから閉じられた。
そして匂いを嗅ぐような音が聞こえているではないか。
スペクターは立ち上がり、ジョーカーの男が銃に手を伸ばした
ところで素早く視線を合わせ、
死のイメージを強く叩きつけると、
ぜいぜいと喘ぐような音を立ててスペクターの足元に崩れるように
倒れた、つまりは死んだということだ。
スペクターはこの男のことを恨んでいるわけではなく、偶々この男が
お誂え向きだったというにすぎない。
さっさと片づけるにこしたことはないのだ。
そこで男の傍に屈み、運ぼうとしたところで、
コリンの髪から整髪料の匂いがしているのに気付いた。
ジョーカーにしてはあまり嗅ぎ憶えのないものを使っているように
思える。
スペクターはここに来る前に髪を洗って、しっかり乾かしていたが・・
仕方なく死体の髪から拭うようにして、自分の髪にこすりつけるように
した。
それを何度か繰り返すことで、コリンに近い姿に化けおおせ、
その猫のトイレを思わせる匂いに辟易しつつも、
その身体を検め、IDに銃、イヤホンとマスクを確認すると、
服を脱がせ、自分の服も脱いで、
数分で着替えも完了できた。
肩から吊ったガンホルダーが少々きつく感じるものの、ともあれ
これでいくしかないのだ。
そして洗面所まで死体を運びマスクを剥ぎ、
鏡の前に戻って己の姿を見てみると、
大体は完璧に近いように思える。
整髪料の匂いに若干の違和感があるぐらいだろうか。
そこで弔意深くジョーカーの死体をシャワールームに押し込んで、
ヘーステイングの隣に押し込めながらもぼんやり考えていた。
この有様を発見したメイドは、この部屋の掃除を嫌がることになる
だろうな、実に気の毒な話だ、と。