その12

   メリンダ・M・スノッドグラス
        午後7時



食堂の人影はほぼなくなっているが、
オムニの巨大な会場にひしめいていたかもしれない
人々が屋内でジャクソンの副大統領受諾演説の結びの
言葉に拍手喝采している声がする。
タキオンはその巨大な喉が咆哮しているような群衆の
歓声に耳を傾けつつ、
押し寄せる野獣のようです、私はその胃袋を歩いている
というわけですねわけですね……

そう内心考え身構えつつも。
デヴィッドは優しく着替えさせてはくれていたが、
シャツの袖に包帯にくるまれた腕を通すには冷や汗を
かかずにはいられなかった。
デヴィッドはすでに看護婦を言いくるめてくれていて、
午後の分の痛み止めをタクシーの中で飲んできたものの、
まだその効果は感じられず、立っているのがやっとという
状態であったのだ。
そうしてドアに向かうと、そのの傍に立っている、痩せぎすで
陰気な感じのする年配の男から胡乱な目を向けられて、
その男に通行証を見せて示すと、
「あんたを入れるわけにはいかないよ、ドクター」
男はそう言って胡乱な目を向けながら、
「第一通行証がないだろ?」と言ってきたではないか。
「これ一枚きりでね、一緒に入ればいいだろ……」
「一人しか入れるわけにはいかないな……」
「心配ないことは私が請け合うから……」
「入れるわけにはいかないな、これは防犯上の問題でね、
会議場へ行けば、大きな画面で見物できるぜ」
タキオンはそうおしあいへしあいつつうんざりすような
吐き気を覚えつつ、貌の上にあげた手をかきむしりたく
なるようなもどかしさを抱えて、
「お願いですから……」そう囁いて、切断された
手首を抱きかかえていると、
「私は入れた方がいいと思うがね」
デヴィッドは穏やかにそう言って、
「どれだけ危険が生じるというのだろうね?
こんな小さな男だぞ……」
そう言い添えると、
「それもそうだが」
守衛の男がためらいがちにそう応えたところで、
「病院からこんなところまで彷徨い出てしまったから、
介助が必要で、あんたも手を貸してくれた、それなら
問題ないんじゃないかな……」
「まぁそれならいいか、とっとと入るといい」
タキオンは左手でハーシュタインの肩に縋るようにしつつ、
「デヴィッド、もうどこにもいかないでくださいね」とつい口に
してしまったが、
「ここにいるじゃないか……」
デヴィッドは頼もしくそう請け負ってくれたのだ。