7月23日 その1

      メリンダ・M・スノッドグラス
           午前1時


そこはアトランタの外れにあるモーテル6の扉の前だった・・・
タキオンは誤解したままで別れた女性に何を話そうかと考えて
いたのだが・・・
どうにも考えがまとまらない・・・
そういえば最後に寝たのはいつのことだっただろうか・・・
木曜の夜だったろうか・・・
タキオンがそんなことをぼぅっと考えていると・・・
ポリアコフがドアを一度ノックして・・・
「セイラ、ジョージだ・・・」
と声をかけていて・・・
タキオンがそうして身構えていたのはほんのわずかの間に
すぎなかった・・・
そこにいたセイラは、疲れきったという様子がありありと
感じられる色を失った顔をして、タキオンを見つけている。
白地に青といった色合いのよれよれのペチコートを着て、
身をかばうように胸の上で腕組みをしているが、幾分戸惑った
様子が感じられるて、その背後に無言のまま控えている
ポリアコフはまるでセイラの影のようだ・・・
タキオンはそんなことを考えながら言葉を探していたが・・・
突然跪いて、セイラのスカートの裾に口づけをして・・・
「セイラ、許していただけますか・・・」と告げると・・・
セイラはかすかで聞き取れない言葉をもごもご呟いていたが、
放心した様子でタキオンの髪を指で梳くようにしてから・・・
「一体全体どういう風の吹き回しなの?」
とようやく弱々しいながら言葉をかけてきた・・・
「タキス人というものは、手の込んだ感情の表現をするもの
だな・・・」
ロシア人がそう漏らしてから・・・
「二人にしといてやるよ・・・」
そう言ってそっとドアを閉めて出て行った・・・
床をうつ足音が聞こえなくなるまで待ったところで・・・
セイラが肩をたたいて・・・
「お願いだから立って頂戴」と声をかけてきた・・・
タクは立ち上がろうとしたところであばらが痛んで呻きをあげ
つつも・・・
「あなたには身の置き所のないつらい立場に追い込んでしまった
ことをお詫びしたい・・・といったところで何の慰めにもなりは
しないかもしれませんが・・・」と告げると・・・
「それじゃ・・・ということは・・・」
と言葉につまったところに・・・
「間違っていたのはあなたではなかったのです・・・」
と応じ、同時に己の抱え込んだ恐怖を吐き出すように言葉を継いでいた・・・
「そうです、あの怪物を私も見たのですから・・・」
その言葉に嗚咽を漏らし始めたセイラに、タキオンは優しく頬に触れ・・・
涙を拭うと・・・
「ああリッキィ・・・」
そう漏らし小刻みに震えている肩を抱き寄せ告げていた・・・
「もういいのです、終わったのですから・・・」と・・・
その言葉にセイラはいきなり顔を上げて・・・
「本当に、嘘偽りなく終わったのですか?」
と訊ねてきた言葉に・・・
「勢いは、削がれたというものでしょうから、簡単に回復は図れないでしょうね」
その頬に光るものを感情の迸りのまま伝わせて・・・
「それでは私は・・・もう安全なのですね」と訊ねた言葉に・・・
「そうです」と応え・・・
その頬に口づけて、涙の辛さを口に含みつつ・・・
頭を抱え、肩に白いものの混じっているその金髪を靡かせながら・・・
何と小さいのだろう、と考えていた・・・
この熱と重さを兼ね備えた惑星において、タキオンが己より小さいと
思える数少ない女性の一人がこの人なのだ・・・
その繊細で青白いその姿は、タキスの美意識に照らしても美しいもの、
と言えるだろう・・・
そこでタキオンはこの人に初めて会ったときの感情を思い出していた・・・
わずか三年ほど前に、この人は飛び込んできて、殺しの嫌疑をかけられた
憐れなジョーカー、ドウボーイを助けてくれと言っていたものだ・・・
あの時とは違い、今は肉体は回復しているものの・・・
こころは友を失った孤独と悲しみにうちひしがれているのだ・・・
その感情のまま唇を添わせていた・・・
無論セイラが無垢であるなどとは考えていないが、その反応には
おずおずしてぎこちないものを感じ・・・
その体に手を回して引き寄せ再び呻きを漏らし・・・
反り返ったその首に浮き上がった薄い腱を眺め・・・
「傷ついているのね」とかけられた言葉に・・・
「何ほどのものでもありません」と応え・・・
よろめいてベッドに倒れこんで、痛みを堪えたままでいると・・・
突然砕け散ったものと思われていた衝動が鎌首をもたげて・・・
今がそのときだと告げている・・・
タキス人の精神は不屈であり、敗北の中から勝利を絶望の中から
作り出すことができると告げているではないか・・・
そこでタキオンは一瞬思案して、口に出して訪ねていた・・・
「私を求めてくださいますか?」
「ええ、そうですね、あなたには感謝してもしたりませんから・・」
セイラはそう応えたところで、言葉につまってこめかみに涙を
伝わせている・・・
タキオンはその腰に手を添わせ・・・
ストッキングに手を掛けて脱がせると・・・
その下が木枯らしに吹き荒らされたずたずたの蜘蛛の巣のよう
に思えて・・・
「なんて、なんて痛々しいのだろう」とそう声に出して嗚咽を
漏らすと、感情の高まりであばらが痛んで表情にでてしまった
ようだった・・・
セイラが驚いた顏をして、手の平をタキオンの頬に添わせて・・
「いったいどうして、こんなにあなたは・・・何かあったのですね?」
とかけられた声に応じ・・・
「信じていた人に、裏切られたのですからね・・・」と応えて・・
それからその手をまっすぐ、それでいて力なくピードモンドパークに
向け縋ろうとするように伸ばして言葉を継いでいた・・・
「彼らも裏切られたと考えているでしょうね・・・
もういい、もういいのです」そう告げると・・・
それからセイラに優しく脱がされると・・・
セイラはタキオンを下にして覆いかぶさるようにして・・・
互いにその身体を感じ・・・
ただ抱き合っていた・・・
慄く心と身体を宥めようとするかのように・・・
タキオンはセイラの胸のささやかな窪みを弄び・・・
セイラはそのタキオンの唇を人差し指でそっとなぞっていて・・・
「タキスにいたらこの幸せは叶わなかったでしょうね」
そう零すと・・・
「なぜそう思うのですか?」
「おそらく生きてはいなかっただろうからです、ただの人間としての
地を這うような生き方では、タキスの謀略の巷を生き抜くことは
できていなかったことでしょうから・・・」
「人並みの人生という意味ですか、それとも生きているということ
そのもののことをおっしゃておいでなのですか?」
そこで振り払うように首を振ってから言葉を継いでいた・・・
「言葉の通りですよ、私はハートマンと20年に及ぶ付き合いがありながら
疑うことすらなかったのですから・・・」
「度を越えて抜け目のない男でしたからね、私とて・・・」
低く苦い響きを帯びたまま薄れるようにして言葉が途切れた・・・
「あの男の本性を見抜けず・・・取り込まれてしまっていたのですから」
「でも今はそうではない、それが大事なのではありませんか?」
「どうなのでしょうね・・・」
そうしてため息を漏らしたセイラに、タキオンは口づけして後・・・
突然発作のような微かな笑みを浮かべて呻くようにして言葉を
継いでいた・・・
「13歳の孫がいる人生など思いもよりませんでしたよ、そう
聞いても信じなかったでしょうね、そう考えればこういう生き方も
悪くないのかもしれません、一人の人間としてならまずまずの人生と
言えるでしょうから・・・」
「退屈に感じておいでですか、むしろ罪悪感を感じておいででは
ありませんか?」肘で顎を支え、セイラを見下ろすようにして言葉を
投げ返していた・・・・「そう見えますか?」と・・・
「そう見えますね・・・」困ったように頭を後ろにそらせてから
「どうなのでしょう、妻を得て、子をなし友に囲まれたそんな人生も
あったかもしれませんね・・・」と応えると・・・
「友には恵まれておいでではありませんか?」と訊かれて・・・
「今度のことでそのほとんどを失ってしまいましたから・・・」
そう返した言葉にセイラは再び嘆き始めた・・・
「ごめんなさい、私のせいだわ・・・」
タキオンはその口の前に手を翳して防ぐようにして・・・
「いいえ、すべて我が血脈由来の過ちがもとというものですからね」
と応えると・・・
「リッキィは私を気遣ったばかりにあんなことになってしまった、
一夜を共にすることすらなかったというのに・・・」
タキオンはセイラの腹部に沿わせていた指を下に滑らせながら
応えていた・・・
「生きているからこそ死者を悼むことができるというものです」と・・・
「それは乱暴というものじゃないかしら・・・」
と返してきたセイラの言葉を、遮るようにして言葉も重ねていたの
だった・・・
「黙って、考えるのはここまでです・・・」と・・・