ワイルドカード4巻「零(ゼロ)の刻」その3

            零(ゼロ)の刻

                      ルイス・シャイナー

それからわずか五日後で、陽が落ちる前、何もおこるはずはないありきたりの木曜の午後のはずだった。
Chikuyoteiチクヨ亭のキッチンで馴染みのウェイターに声をかけ、裏口から出ようとしたにすぎなかったのだ、
顔を上げると、そこにはあのひとの姿が、そして声が響く、「フォーチュネイト」と・・・
それはまさしくペレグリンの声だった。
翼を背中で畳み、狭い路地の壁にもたれかからんばかりに佇んでいるではないか・・・
肩を露出した青いニットドレスで、妊娠6ヶ月と伝えられている身体のラインがはっきりと見てとれる。
その傍らには、50代半ばくらいの、頭髪のない痩せぎすの男がいるではないか・・・
慌てふためき憔悴した様子だったが、「ペレグリン」と声をかけ、手を延ばし、肩にそっと手を添えると、肩に頭をもたれさせてきたが、一端引き離した。
横の男のこともある、様子を見るほうがよいと判断したのだ。
「この人は・・・GCジャヤワルダナといって」ペレグリンがそう紹介すると、その男は手のひらを上に上げ、首をかがめ、肩をすくめてみせた。
「あなたを探す手助けをしてもらったの」
その言葉に頭を下げて礼をしてからふっと我にかえった。
Christ(なんてこった)日本に長くいすぎたらしい、日本式の挨拶を無意識にしてしまったのだ。
そしてえらく間の抜けた調子で「どうしてここがわかった」と間抜けな質問までしてしまったではないか・・
ワイルドカードだよ」ジャヤワルダナはそう答え「一月前にこうなることを見たんだ、いうなればヴィジョン(予見)だが、その意味まではわからない、極めて一方的なものにすぎないのでね、そうヴィジョンのプリズナー(囚われ人)だよ」
「その感覚は理解できる」そう答え、再びペレグリンに目をやり手を差し出すと、ペレはその手をお腹にあてがい、中の子供が動くのを感じつつ、またつまらぬことを口にした。
「俺の・・子なんだな」ペレは唇を噛み、複雑な表情でうなずいてから用件をきりだした。
「連れ戻すつもりはありません、あなたがそれを望んでいないことはわかっています、ただ手を貸して欲しいのです」
「なにがあった?」
「ハイラムが」そして残りの言葉を発した、それは搾り出すような言葉だった。
「いなくなってしまったの」
自分もいなくなってしまいたかったが、ともあれそこは話を聞くことにした・・
他に選ぶべき道などありはしないだろうから・・・