ワイルドカード「手繰られしものたち」その7

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

「何か打つ手はないものか」ハイラム・ワーチェスターはそう呟きながら、顎髭の下で指を組み、
窓の外に広がる、ベルリンの曇り空に視線を据えている。
ディガー・ダウンズが広げたカードはクラブの3だった、これもまたしかめっ面だ。
ビリー・レイが腹をすかせたティラノザウルスのように鼻息を荒げており、
ハイラムのスイートでのその足取りには苛立ちが滲んでいる・・・
「おれがあそこにいれば、あんなことにゃならなかったんだ・・」
そう言い放ってモーデカイ・ジョーンズを睨み据えている・・・
ハマーはオーク材に花があしらわれたソファに腰を沈めている・・
1890年代の紛争を生き延びたしっかりしたつくりの家具の一つなのだろう・・・
巨大な拳を見つめているジョーンズの前に仁王立ちとなったカーニフェックスとの間に
険悪な空気が立ち上っていたそのときだった・・・
そこでドアが開き、ペレが入ってきたのだ、その足取りはあくまで優雅ながら、
背中に畳まれた羽からは不安が感じさせられる・・・
ゆったりしたビロードのブラウスに、膨らんだジーンズが彼女の妊娠を際立たせている。
「ラジオを聴いたわ、ひどいことになってるんじゃ・・」そう言いかけたところで、
ハマーを目にして別の言葉を口にした。
「モーデカイ、あなたどうしてここに?」
「あなたと同じですよ、ミズ・ペレグリン、出た方がよろしいかな」
「どうして病院にいないの?ひどい傷を負ったと聞いてたのよ」
「なぁに、ちょいと撃たれただけさ」そして腹をぴしゃりと打ち据えて言葉を継いだ。
「俺の皮膚は、ポピュラーサイエンスに出てたケブラー合金並みに頑丈なのさ」
そこでダウンズがまたカードを一枚引いた、<赤の8>くそっ、というディガーの悪態が聞こえるようだ。
「ヴァンの下敷きになったんでしょ?」ペレグリンが尋ねると・・
俺の骨はカルシウムの代わりに金属のようなものを精製してるそうだし、内臓や
なんやかやも、大抵の輩よりは頑丈だからな、それだけじゃない、驚異的スピードでの治癒能力もある、
だからエースを引いてから病気知らずの医者要らずで通してきたってわけさ」とハマーが答えたが、
「じゃなんで奴らを見逃したんだ?」ビリィ・レイが叫びながら、突っかかってきた・・・
上院議員を守るのはあんたの役目だったはずだぜ、なんだこのざまは・・・」
「それを言われると面目ない、としか言いようがない、ミスター・レイ、おれ自身こうなったことが
悔やまれてならないんだ」
そのミスターと強調した語調が気にくわず、ビリィ・レイは強い視線で睨みすえたが、ジョーンズは
気にならないふうを通している・・・
「頭を冷やしなさい、ビリィ」それは脚を組んで腰掛けている女性、カーニフェックスのパートナー、
レディ・ブラックの声だった。
そこでペレグリンはモーデカイの肩に手を置いて、話しかけた・・・
「それにしても、よく病院がだしてくれたわね」
「出すわきゃないだろ」ダウンズが左手を大仰に振りながら代わりに答えた。
「壁に入り口をこさえて、自主的に退院してきたんだそうな、公立病院の人間がこぼしてたぜ」
それに対してジョーンズはばつが悪げに俯いて答えた。
「俺は医者はすかない・・」
そこでペレがあたりを見回しながら話題を変えてくれた。
「セイラはどうしたのかしら、気の毒に、さぞかし辛いでしょうに・・」
「シティホールの対策本部からつまみだされたさ、他の報道陣同様にな、何もセイラだけじゃない・・」
ダウンズがそう答えて、手元のソリテールに戻っていった・・
「セイラはMrジョーンズに誘拐の顛末を聞きにいったようだけれど・・」
レディ・ブラックがそのあとを引き継いでさらに続けた。
「ということはもう病院にはいないのよね・・」
事故によってワイルドカードが発現して以来、ジョーンズは公衆衛生局のオクラホマ支所で囚われていたのだ。
彼はラボで、活ける標本として扱われていた、そこでの実験が医療科学やそういった機関に対する恐怖といった
感情を刷り込んだのだろう・・・
「あのでかぶつがよ・・」ジョーンズが首を振りながら話しはじめた。
あのでか・・いやヴァンを腹の上に載せてたときに、あの連中は、互いに言い争っていやがった、まるで
餓鬼の集まりのようだった・・・」
外を睨んでいたハイラムが振り返った、その目は旅が始まった頃よりも落ち窪んで見える。
「違いない」巨体に似合わない華奢な手を腹部に添えながらハイラムが応えた。
「あのジョーカーどもにとって、連中だけじゃない、エースにとってもハートマン上院議員の存在こそが、
最後の希望であるということがどうして理解できないのでしょう、正気とは思えないバーネット一派を
利するだけだというのに、いずれにせよ反動的な世論を和らげる手立てが必要となるでしょうな・・」
「俺がいいたいのはだな・・」ビリー・レイが拳を鳴らしながらまたもや息巻き始めた。
「やつらの尻を蹴り上げて、主犯を明確にすりゃいいだろう・・」
「どうやってかしら」レディ・ブラックがけだるげに応えた。「それはどなたでしょうね」
「去年ニューヨークから姿を消したギムリが絡んでることはわかってるんだ、まずはやつをとっ捕まえてだな・・」
「どこにいるというのかしら・・」
手を振り回しながらビリーが応えた。
「だからといってここに腰を落ち着けて上院議員誘拐に対する罪の意識を報告しあってるより、
探しに出た方が建設的というものさ・・」
「一万人もの警官が探し回っているのよ・・」それはやはりレディ・ブラックの声だった。
「彼らより早く見つけられるとでも・・」
「それじゃハイラム、私達は何ができるのかしら」今度はペレの声だった・・
青ざめたその顔は頬骨が際立って見える。
「私達は無力なのかしら・・」そういってかすかに羽を開きかけて、畳みなおした。
ハイラムが唇を舐めて湿らせながら応えた。
「ペリ、私もそれを知りたいのだよ、何か必要な手立てがあるはずなんだが・・」
「身代金を払うわけにはいかないのか」そこでディガーが口を開いた。
無意識のうちにカーニフェックスの真似をするように拳を二度鳴らして、ハイラムが応えた。
「それだ、充分な対価を支払えば、身請けできるやも・・」
「一億でもたいした額だぜ」それはモーデカイの声だった。
「それは交渉次第といったところだろうが・・」異論を封じ込めるように、小柄な手を振り回して
ハイラムが応えた。「それならばなんとかなりそうだ」
「テロリストの類が解放に応じる要求がなければ手詰まりといえるが・・」
「それでも金でなんとかなれば・・徒労はいらないだろう」とダウンズが請合った。
「粗野なものいいながら・・」ハイラムは雲を摑むようなもどかしげな様子で言葉を続けた。
「正しくはある、たしかに充分な額ならば、やつらも飛びつくだろう」
「おい、待てよ・・」そういいかけたカーニフェックスを制してハイラムが続けた。
「とるにたらない存在ながら・・」そういってハイラムは、銀のトレイを捧げもって紙幣を乗せ示した。
「それなら・・」ペレが興奮気味に応じた「私にも出せるわね」
モーデカイが不機嫌な様子で応えた。
「政治家がどうなろうとしったこっちゃないが、俺のへまがその一因ならば、手をこまねいても
いられない」
「どうかしてるぜ」それはビリーの声だった。
レーガン大統領が、テロリストとは交渉しないと宣言してたはずだがな」
「なら宣誓を唱えて、ロケットランチャーにでも向かっていけばいいだろう」
モーデカイの言葉も辛辣であり、ハイラムも顎を撫でながら付け加えた。
「個人で動かれるならお止めはしませんぞ、Mrレイ」
「なんてことをぬかしやがる・・」
その険悪な空気を分けるように扉が開き、ザヴィア・デズモンドが闖入してきた。
「いてもたってもいられなくて・・心配で適わない、おやモーデカイさん、どうしてあなたがここに・・」
「そいつは気にしないでくれたまえ、デズ」そうしてハイラムがなだめに入り言い聞かせつつ宣言したのであった。
「方針は定まったのだから・・」と・・・