「手繰られしものたち」その8

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

それはFederai criminal office連邦刑事局から来た男だった。
シティ・ホールの対策本部で、デスクの角で煙草の箱を軽く叩くようにして
煙草を取り出し、それを唇の間に咥え込んだ・・・
「これが地球人の流儀だというのかね、空気を汚すのにも断りすらないというのかね」
その抗議にも構わず、男は煙草に火をつけた、若い顔にもかかわらず、老人のごとき皺、ヤマネコのような瞳、とりわけ尖った耳が目につく男だ・・・
「ヘル・ニューマン」肩と顎の間に、Phone receiver聴音機をぶらさげている汗臭い男、市長の代理人が呼びかけた。
「ベルリンで情報統制という恥ずべき悪癖というものは過去のものになったのではありませんか?Na Ja(そうではありませんかな)?」
「統制するつもりなどございません、ただ事態を収拾するには段階をおいて公表する、もしくは伏せることすら必要だと判断しただけです」
屈みこみながら、己の口元に刻まれた皺をなぞりながら男が答えた。
ミュンヘンの二の舞はごめんですからな・・」
ほぼ17世紀の装いに身を包みながらも、かつての滞在の折、Ku Damnクーダムで調達したハイヒーツブーツに組み込まれたデジタル時計に目をやり不快感をやり過ごしながらも・・・
政治的パフォーマンスの色合いも強いとはいえ、それでも善行を成してきたと信じたものだった、こんなふうに終わっていいものではない
タキオンはそう思わずにいられなかった。
「アル・ムアッジンというのは?」ともあれそう尋ねてみた。
「Daoud Hassaniダウド・ハッサニというのが本名で、声で物体を破壊する力を持ったエースだよ、いわばあんたらのところのハウラーのような・・」
それはニューマンの声だった、もちろんタキオンの感じている不快感などどこ吹く風といった風情ですらある・・・そしてさらに続けた。
「ヌール・アル・アッラーの手のものだよ、OrlyオルリーでのEl Al jetlinerジェット機墜落の件にも関わっていると噂されている男だよ・・」
アッラーの光を意味する名をまだ耳にしようとは・・」
タキオンは嘆息せずにはいられなかった。
それに対し、ニューマンは重々しく頷いている。
彼らがシリアを後にして以来、報復という名目で3ダースもの爆弾テロが行われていたのだ。
あの哀れな女性(カーヒナ)がきっちり始末さえつけてくれていたならまだよかったろうに
もちろん口にだすような愚を犯しはしない、実に微妙な問題であるには違いないのだから・・・
首筋から滴った汗が、ブラウスの襟に滴っていく・・・
暖房からの熱が唸りとともに伝わってくる・・・
連中が寒さに対してもう少し鈍感でいてくれたならばよかったのに、なぜドイツ人というものは
これだけ暑苦しいところをさらに暖めようとするのだろう・・・

そこでドアが開き、国際記者組合のClamorクレマーが駆け込んできて、市長の代理の耳元で囁いた。
そこで苛立ちを顕わに補聴器を下ろし、口を開いた。
「ケンピンスキーからミズ・モーゲンスターンが出て来て、面会を求めているのだとか・・」
「ただちにいれたまえ」タキオンはそう答えた。
市長の代理たる男は下唇を不快気に吊り上げて、凄みのある声で異論を唱えた。
「ようやく当分の間とはいえ、記者を締め出せたというのに、記者の一人を通すというのかね、ありえん話だよ」
タキオンは高く整った鼻梁の間から、その男に言葉を浴びせた。
「ミズ・モーゲンスターンは例外とさせていただこう」
タキスにおいて、Psi Lord精神強者の頭にスープをかけてしまったメイドに汚れてもいないブーツを磨かせることを命じるような断固としたものだった。
「入れたまえ」ニューマンが応えた。
「ヘル・ジョーンズのテープを持ってきたとのことだから・・」
入ってきたセイラは、白いトレンチコートを血のような色の帯で留めているではないか・・・
その姿は実に・・・
タキオンはそこで巻き起こった感情を首を振って振り払わなければならなかったが、
駆け寄ってきたセイラを軽く抱擁するにとどめた。
そして吊り下げたハンドバッグの重さを感じさせない不自然なモーションで振り返ったセイラの瞳、そこには奇妙な光が感じられた、あれは涙だろうか、まるで鋼鉄の表面が放つ光のよう、タキオンにはなぜかそう思えてならなかったのだ・・・